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第3話
祐太の背がかなり高いと、睦月は思っていたが、こうして対峙してみると、佐々木も祐太とほとんど変わらない高さだった。佐々木の背後にいる翼が、若干小さく見えるのも気の所為ではない。
佐々木は、じろじろと祐太を半目で見分したあと、後ろにいた翼の肩を抱く。そこで、初めて翼が怪訝そうな表情になった。
初対面の、しかもかなり怖そうな――あくまでも、睦月から見た印象だが――雰囲気の佐々木から、睨むように見られて、さすがの祐太も状況が呑み込めず、鼻白む。なんだか不安になった睦月は、そっと祐太の傍らに立って彼のシャツの袖をきゅっと握っていた。
すると、佐々木はそのまま睦月と裕太の目の前で、覆いかぶさるようにして、翼にキスをしたのだ。しかも、単に唇を重ねるだけのものではなく、傍から見てもわかるようなディープキスである。
突然のことに、睦月はもちろん祐太もあ然として、目前の光景を見つめるだけだった。
「んっ……ん、ちょ、武 。はな、せって……」
漏れ聞こえる翼の声が、妙に艶をはらんでいて、睦月の顔が真っ赤になる。祐太はぽかんと口を開いたままだ。
「……っの、やりすぎだろが、このバカ!!」
もがいていた翼が、勢いよく佐々木を突き飛ばしたと思ったら、思い切りげんこつで佐々木の頭を殴った。
佐々木はといえば、一瞬痛そうに顔をしかめたが、あとはまったくの無表情である。
「? この男に、俺たちのことわからせるために、俺を連れてきたんだろ?」
「そうだけど、いきなり路上ですんな! しかもここ、会社の前!」
「グダグダ説明するより、わかりやすいだろ」
「そうだけど……ああ、もう!」
翼が、悔しそうに自分の髪の毛を掻きむしる。文句を言われても、佐々木は当然といわんばかりで無表情のままだ。
そんなやりとりを、睦月はとても新鮮な気持ちで見ていた。
翼とは、中学校からの付き合いだが、歳を重ねるに連れて自分より大人びた態度になっていったけど、今の翼はその初めて会った中学生の頃に戻ったような感じだった。
つまり、それだけ佐々木に気を許しているということなのだろう。
それにしても、自社の目の前の路上で、恋人へのキスを悪びれることなく仕掛ける佐々木も、大胆不敵といえる。けっこう、いや、かなり大物なのか。それとも、常識が欠如しているのか。
(……そうじゃない、な。きっと)
睦月は、二人のやり取りを見ながら、そう思った。顔を赤らめて文句をまくしたてる翼を見る佐々木の目は、とても愛情深い。
「……睦月さん」
そこで、ようやく祐太が呼びかけてきた。睦月は、隣で呆然とした表情のままの恋人を見上げる。
「ん?」
「あの、加藤って、その……」
「ああ、なんか付き合ってるみたいだよ」
「や。それは、さっきので分かったんすけど、えーと……」
祐太は何と言っていいのかわからないのか、照れくさそうに指で頬を掻いた。
「祐太くんが、あんまりにも心配するからだよ」
「それは……そうですけど」
「そうだぞ、青年!」
睦月と祐太の会話に、割って入るようにして翼が言った。
「俺たちはとっくに終わってる。それは、十分に理解してんだろ。それに、睦月はうちの会社にとって、大事なクリエイターの一人なんだ。少しの付き合いはあるが、何も起こらないから、安心しろ」
それに、と翼は隣に立っている佐々木に視線をやる。その眼差しは更に艶ややかになる。
「俺は、このクマの調教に忙しい。変な邪推は迷惑だ。じゃあな」
「おい、翼。クマの調教って、どういうことだ?」
「うるせーよ、行くぞ」
そう言って、翼は佐々木の腕をグイグイ引っ張りながら、ビルの中へと消えていった。
残された睦月と祐太は、顔を合わせると、どちらともなく笑っていた。
「安心した?」
「そうっすね。あんな人だったんですかね? 加藤さん」
睦月は、おや? と思った。
祐太が、初めて翼のことを敬称付きで口にしたからだ。
「んー、どうだろ。佐々木さんには、大分気を許してるカンジあるかも」
「もうちょっと、スカした男かと思ってました」
「なにそれ」
ケタケタと睦月が笑えば、祐太もそれにつられて笑っている。
つらいことや、苦しいことを忘れるには、時間が一番の薬だという。
たしかに、無くしたはずの友情が戻ったり、関係が変わっていったりして、気持ちも穏やかになっていく。
だけど、それだけじゃない。それぞれの気持ちが変化しても、時間により深まるものもある。
「腹へりましたね」
「そうだね。今日は、どこに行く?」
こんな些細なやり取りや瞬間を、積み重ねていくことでより相手が大切になる。
楽しそうに、これからの予定を話し合う睦月と祐太を乗せた車は、ゆっくりと走り出していった。
<了>
2023.08.18
葛木えりゅ
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