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第1話
…えっと、僕、なんでこんなところにいるんだっけ。
目を開けた僕は、首を傾げた。身体の何箇所かがずきずきと痛い。
ああ、そうだ、鉄棒から落ちちゃったんだ。それで保健室に運ばれて、じゃあここは僕の家?
いや、ちがう。少なくとも僕の家にこんな部屋はない。
「パパ、ママ… 」
寂しいよ。どうしていないの?
辺りを見回しても薄暗くて、誰もいないから不安になる。
「起きたかい?ひろ。」
聞き覚えのある優しい声が響いて。
「パパっ!
…じゃないの…?」
期待とともに起き上がって目を凝らす。目の前にいるのは、パパじゃない人。パパより若くて、どこか冷たい印象を受けた。
でも、かっこいい。
「お兄さん、ママとパパどこにいるの?」
「なんの冗談だ?」
お兄さんの声が一気に冷たくなる。さっきまで は優しかったのに、どうして?
「じょーだん…?パパとママに会わせて?」
「それよりひろ、お前今何歳だ?」
えっと、誕生会を最近やったから…、
「9さい。それで、パパとママは?」
お兄さんは苦しそうに顔をしかめると、深くため息をついた。僕の目をじっと見て、重たげに口を開く。
「パパとママには、会わせられない。」
お兄さんの口調は、真剣だった。
「どうして?」
「パパとママは、ちょっと用事があるんだ。」
用事がある…。たしかに、2人とも仕事で忙しいけど、僕が病気の時はいつもきてくれるのに…。
「どのくらい?」
「わからない。」
少しの間、信じられなくて、僕は何を言ったらいいのかを考えた。そうだ、お家に帰ろう。
「じゃあ、お家に帰って待ってる。」
そうしたら、帰ってきたときに、抱きしめてもらえる。お留守番できていい子だったわねって。
「だめだ。」
きっぱりと断られる。冷たい声。
「いっ…
やだやだやだっ!僕は帰るっ!」
「だめだ。」
立ち上がって外に出ようとした僕の手を、お兄さんに強い力で掴まれる。
「離してよっ!!痛いっ!!!」
大声で叫びながら抵抗する。手を振り払おうとしても無理だったから、お兄さんの身体を揺すって、半袖の腕に思いっきり噛み付いて…
がたんっ
大きな音がした。びっくりして音の方を見ると、お兄さんが床に倒れ込み、腕の歯型がついたところから血が出ていた。
「…だ、だいじょうぶっ!?」
たぶんだいじょうぶじゃない。とても痛そうだ。でも、お兄さんはぎゅっと僕の身体を抱きしめて、優しく言った。
「…大丈夫だ。怪我はなかったか?」
「うん。ぼくはないけど…。」
「ならいい。」
もう一度、優しく言われて、ごめんなさいの気持ちがとまらなくなった。
「うう、ふぇっ、ごめんなさいぃーー、ぐすっ… ひくっ… 」
泣き出す僕の背中をとんとんと叩いてくれる優しい手。
黙って差し出されたティッシュを僕はたくさんとって、がしがしと袖で涙を拭った後に思い切り鼻をかんだ。
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