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最終話

子供部屋の分厚いカーテンはびっちりと閉められている。 光の差し込まない部屋の壁に、俺は両手を括り付けられていた。 両足は、縄で縛ってあって動かない。 抵抗したせいで容赦なく殴り蹴りされたから、お腹は痛いし、足からは血が出ている。 …まるで家畜だ、と自分を笑ってしまう。 俺は食べられることはないけれど、殴って蹴って、彼らの欲求を満たすためだけに存在する玩具だ。 お兄さん、…いや、祭凛(まつり)さん。どうして俺に魔法の薬だなんて嘘をついたんですか? どうして、鎖でもなんでも、繋いでおいてくれなかったんですか?あなたに飼われる鳥籠ならば、俺はそれでも構わなかった。 …そんな風に彼に責任を押し付けてはいけないとわかっていても、そんなことを考える以外に今の俺にできることはない。 きっともう、俺は外に出してはもらえないんだ。 会いたい、祭凛さん。 …あなたに会いたい。 そう思うことくらいは、許されるだろうか。 まだ回復していないからと、学校には伝えてあるらしい。 もう俺は社会の中では‘おかしくなったまま’にされて、どこにも行かせてもらえないのかもしれない。 今何時だろう?母と父の生活音がさっきなくなったから、もうきっと世は明け、午前10時はすぎている。 ぼうっとただ暗いだけの空を仰いでいると、突然どんどんと音が聞こえてきた。玄関のドアを叩く音だ。 「…くそっ、開かない。」 …うそ。 でも、聞き間違えるはずはない。わずかに聞こえてきたの、祭凛さんの声。 「二階にいる!!繋がれてて出られない、助けて!!!」 力の限り叫んだ。彼に届きますように。 しばらくしてカーテンの向こうから焦げ臭い匂いがしてきて。 がちゃり、窓の鍵が開いて、外の光が差し込んできた。その向こうにのぞいたのは、ヒーローの顔。 「ひろ、出るなと言っただろう?」 「…ごめんなさい、祭凛さん。」 「お前は悪くない。」 小さなノコギリで俺の鎖を切断すると、祭凛さんはぎゅっと抱きしめてくれた。 「帰ろう、ひろ。」 「…うん。」 帰る、という言葉が嬉しかった。俺が帰る場所はこの家じゃなくて、彼のところだと断言してくれる、その言葉が。 祭凛さんは車で迎えにきてくれていて、俺は鎖の切れた手錠をつけたまま、助手席に乗り込む。 「なんでがっかりしてるの?」 左側にいる祭凛さんが、なんで戻ったんだよと小さく嘆いていたから、不思議になって聞いてみた。 「…思い出さなくていいと思ったんだ。両親から受けた愛の記憶と、俺が与える愛だけ知っていればいいと。」 「だから魔法の薬、なんて嘘ついたの?」 無愛想で無口な彼から、そんな言葉が出てくるなんて、よく考えればすごくおかしくて、笑ってしまう。 「笑いすぎだ。俺でも冗談くらい言う。」 「大真面目に考えたくせにっ、くくっ…!」 ばしっと容赦なく横から頭を叩かれた。そんなやりとりも、嬉しくて。 「…ありがとうな、ひろ。」 祭凛さんがボソッとつぶやいた。 「えっ、なんで?俺、何もしてない。」 「一晩だけだと言っていたのに、俺といることを選んでくれたんだろう、お前は。 …こんな状態になってもなお、一緒にいようとしてくれる。」 …そんなの、あなただって。 そんなこと絶対に僕がさせないし、祭凛さんが捕まるくらいなら両親のことを洗いざらい話すけれど、 それでも、犯罪に問われる可能性を覚悟して俺を匿ってくれていた。 しかも本当のことを言わずに、ずっと俺のことを考えて過ごしてくれた。 彼にとってはどんなに辛いことだったか。たとえ恋人としていられなくてもいいと、俺の幸せを願ってくれたこと。 「自分こそ。」 「なんのことだ?」 言い返すと、本当にわからない、と言うようにシラを切られた。でも彼の綺麗な横顔は、少し微笑んでいて。 「おかえり、ひろ。」 車から出て彼の家に着くと、彼は俺にそう言った。 「ただいま。」 魔法をかけられたみたいだ。 俺はここにいても外には出れないけれど、それでもここは俺の帰る場所だから、 この幸せな箱庭で送る人生はきっと、 どんな魔法でも作れないくらい、幸せな、新生活になるだろう。

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