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言えない悩み
「でさっ!深夜だからやりたい放題!なにしてもいいって感じで面白かったなあ」
「面白いけど、あれゴールデンに進出したら落ちる番組じゃないか?」
「航大は見た?」
騒がしく盛り上がるのは朝のホームルームが始まる前の教室。面白さに興奮する加藤 と、それを冷静に返す伊崎 は友人だ。
深夜番組の人気バラエティーで、どこかのアイドルが放送事故に近い、謂わばエロチラ見があったことにたいして興奮気味で喋ってくる。
しかし、その時間帯は寝てる俺からしたらさっぱりな話題であり、だからといって見ようとまで思わない番組を聞いてきた友人一人に首を横に振りながら――見てねぇよ――と返した。
「ま、夜中の二時だしな……」
「だからか俺は寝不足だー」
そう言って机に突っ伏しながら腕で顔を隠した加藤。
自業自得に陥ってどうすんだ。俺だって、はやく寝たはずなのに、日付が変わる前に寝たはずなのにまだ眠いんだぞ?
もしかしてこれは寝過ぎて眠いというものだろうか……だとしたらどうすりゃいいんだ。
変な事を考えないようにはやく寝ているのに。
「そういえば昨日の晩ご飯で――」
話は変わって次は飯の話題に移す。俺が参加できない会話なんて、俺が嫌だ。自己中なものかもしれないが、しばらくはこうしてないと、グイグイと積極的に二人のなかに入らないと思い出して吐きそうなんだ。
佐倉 航大 。高校二年生で平凡な毎日を過ごしてきたはずだが、最近ちょっとばかし周りには言えない悩みを持つことになった学生。
その悩みとは、謎の手紙が家に届くこと。
最初はよくある白い便箋に赤丸のシールが貼られたもの。そこにはやけに丁寧な字で【佐倉様へ】と書かれていた。
確かにここは佐倉家だ。だけど下の名前も書いてくれなきゃ誰宛なのかわからないじゃないか。
その手紙を持ちながら家に入るとちょうど夕飯作りをしてる母さんが包丁の音を立たせながら俺に気付いて『おかえり』と言ってきた。
「ただいま。なんかさ、佐倉様って書いてある手紙来てるぞ」
「え?誰宛?」
見向きもしないまま聞き返してくる母さんに俺はそのまま、佐倉様宛、と口にすればやっとこっちを向いてふざけるなと怒られてしまった。
本当の事なのに全く信じてくれない息子の気持ち……。そう思いながら俺は鞄をソファーに置いて手紙を開ければ――好きです、俺は貴方を愛しています――と、熱烈な告白文。
手紙で告白とはなんとも古風な。……いや、ラブレターといえばまだ現代っぽいか?
今どきはスマホの文字で送れば数秒で相手に届くんだ。こんな手紙になると逆に焦るし笑えるよな。
そんな手紙を見て、俺は母さんに大声を出した。
「なあ、姉ちゃん帰ったー?」
「ついさっき帰ったのよ。航大に会えないのは残念だけど新幹線の時間が、って言ってね。また急な休みが出来て帰って来ればいいけど」
なんだ、姉ちゃんってば関西に戻ったのか。
六つ上の離れた姉。この手紙は姉宛のラブレターだろう。
なんとなくだが、字は男みたいだし、女子みたいに丸くない。めちゃくちゃ綺麗じゃないか。いつから好きなんだ?
姉ちゃんは就職で関西に引っ越して以来、年末年始をはじめに盆ぐらいの休みを使ってこの家に帰って来るが、この男はいったいいつから姉と知り合って、好きとか愛してるとかまで言えるようになってんだ?
姉ちゃんに直接、電話して伝えればいいものの……照れ屋か?
まぁ、いいや。これは姉ちゃんが来た時に渡そう。
つーか今、電話で連絡しても出てもらえないだろうしメールも見てくれないだろうよ。
残念だけど、この男の人はもうちょっと待ってろよー。
「はぁ……なんで俺ってば男子校にしちゃったんだろ……。彼女ほしー!おっぱい触ってみたーい!脱童貞したーい……」
「加藤はそればっかだなあ。まぁ掘って掘られるのもあるけど」
「ホモは嫌だっ!航大もそう思わねぇ?」
「――思う、めっちゃ思う」
「ほら!夏休みで出来るって信じていたのに……!」
「あー、九月過ぎても暑いよなぁ」
姉ちゃんのだと思っていた、あのラブレター。数日後には、佐倉 航大様と書かれていた。
間違いじゃない。俺の家にもあったし、なにより今日だ。今日、学校の下駄箱に手紙が入っていた。
佐倉 航大様――貴方が好きです、愛しています――と。
それだけならまだしも……いや、よくはないが!
「あれ、航大どこ行くんだよ」
「ちょっと手を洗いに」
「またかよー」
ガタッ、と立ち上がった俺に加藤と伊崎は首を傾げながら俺を見て聞いてきた。
まだ残っていそうな感覚と気持ち悪さにすぐトイレへ向かう。
俺宛で、男子校なのに、ラブレターというものが下駄箱に入っていたのは、いい。そういうことで話をまとめよう。
でも、どうよ……独特なニオイとベトベトした液。そしてすこし乾いてカピってるところもある、そんな手紙。
絶対に送り主の精液だぜ、あれ。
触りたくはなかった。だけど、指でつまんで、ゴミ箱に捨てるという行動は触らないと出来ない事だ。なにかに挟んでしまえばいいものの、たぶんパニクっててそういう考えがなかったんだろう。
切ったばかりの爪に頼るのは出来ない。ならば速攻でつまんで、すぐ目の前にあるゴミ箱に入れて、走って手を洗おうと考えた結果、なんか触れたこの指だけ俺のじゃないような気がして、何度も何度もアライグマ以上に洗っている。
それでも、まだ、ヌメッとしたものが付いてるような気がして、
「佐倉?やけに一生懸命と手なんか洗ってんな。どうした?」
「……新垣」
トイレの目の前にある水道水で手をこれでもかっていうぐらい洗っていたら、同じクラスでよく一緒に行動する男、新垣 元和 がやって来た。
鞄も持ってるからまだ教室に行く前なんだろう。
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