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相談相手
新垣とは高校に入って、わりとすぐに仲良くなった奴だ。
容姿にしても性格にしても成績にしても並程度な、つまりそこら辺にいる平凡と変わらない俺にたいして新垣はいわゆるイケメン部類に属する男。
カッコいいでおさまり、性格も良い。というか空気を読んだりとか、時にムードメーカー的な存在になったり、話も面白かったりで男子校でも嫌味なく人気がある。成績だって優秀だ。
ここまで来ると欠点というものを見付けたくて加藤と伊崎でよく観察をしているのだが、なかなか見付からないのがちょっと――って、ここまで言ってるが俺はこいつを親友として置いている。
俺みたいな分際でクラスの上位にいる新垣 元和相手に、こんな扱いをすれば大抵の奴等が舌打ちしてくるが、親友として置いているんだ。
なんでもかんでも頼りになるし、わからない事があれば教えてくれる。勉強にしても、なににしても、な。俺以上に俺を知っているんじゃないかと思うぐらい。――ほら、今でも。
「佐倉、お前最近おかしいぞ?元気がないというか……無理してる、というか?」
俺のことなのに俺以上に心配してくれてる目は、少し潤んでいる。お前こんな涙もろかったっけ?
なんて思ったんだが、俺は俺で限界だったみたいで洗っていた手をやめては俯き加減になってしまった。
隠していた、今の俺。
まだ拭いていない手からぽたぽたと水滴が床に落ちる。廊下で上履きは滑りやすくなるがそんなの今は考えられないぐらい余裕がない。
ドクドクと心臓の動きがはやくなり、今まで姉ちゃん宛だと勝手に思っていた手紙を、ベトベトの精液塗れの手紙を思い出して、鳥肌が立つ。
〝好きだとか、愛してる。今夜は航大を想って抜くよ。夜中にお腹出して寝てたね。冷えちゃうからしっかり掛け布団かけようね。いつも楽しそうに笑う、航大が好きです。お肉ばかりで魚も食べないと……栄養をちゃんと考えられたものを僕が食べさせてあげたい。愛してるよ。服、いつもラフな格好なのに輝いて見える。素敵な航大だ。お風呂から上がったらすぐに髪を乾かさないと風邪引いちゃうよ。でもそんな時は僕が精一杯の愛で看病してあげる。好きです。大好きです。愛してます。こっちを見て?
目が合ったのは、何回かな。気付いてくれてるかな。
好き愛してる大好き愛してる止まらない好き大好き好き愛して止まない、俺の、航大――〟
「ゴホッ、げほ、ゲホっ……!」
「佐倉!?」
逆流してきそうだった胃液をお押さえ込み、変わりに咳が出た。気持ち悪さで目眩を起こせば後ろから誰かに膝かっくんをされたみたいな動きで崩れ落ち、少しだけ水たまりが出来ている床に、足がつく。
慌てて支えに来た新垣の腕を借りながら、それでも震えが止まらない体に情けなくも俺は縋ってしまったのだ。
限界なんだよ、あの手紙。
「――ふーん。だから元気がなかったのか……今の調子は?」
その言葉に俺は無表情で『平気だ』と返す。
場所は変わって美術準備室にやってきた。人気はなかったが、あんなところで喋るわけにもいかない。新垣は保健室へ行こうと言ってくれたが、安心感を求めた俺は首を振って目立たない場所を巡った。
そこでついたのは、ここ。
そもそも美術室自体、使う機会が減ってきている。だから準備室なんてもっと人は寄らないだろ?
「まぁ、だから……手紙はとりあえず家にあるんだけどさ……」
学食のそばにある自販機で新垣がお茶を買ってきてくれたペットボトルに手を伸ばす。気を遣ってくれて、すでに開かれているキャップを緩い力で再度開けて二口ほど喉に通した後も話を続けた。
「さすがに参った……なんで人の精液を触らないといけねぇんだろ……」
「気持ち悪いな」
「だろ?僕だったり俺だったりするんだ。男なのはわかってるし、たぶんきっと、ここの学校の誰かなんだろうけど」
吐き出せてるおかげか、それともお茶のおかげか、新垣がいてくれてるおかげか……わからないがとにかく落ち着いてる今、俺の気持ちは全部言えている。
もう一度お茶に手をつけて、キャップを開けたり閉めたりの繰り返し。手遊びを出来るぐらい俺は、落ち着いている。やっぱりこういった相談を出来る奴って必要なんだな、と再確認。
「つーか……性別関係なく気持ち悪い。相手がわかってれば話は別だが、誰かもわからず、今だって見られてるかもしれないし」
「はぁ……男なんだから、危ないかもしれないぞ?」
「そりゃそうだけどさー?もっとマシな方法はなかったのか、って思う。こんなネチネチしたストーカー行為なんてやってさ。嫌われてるって思わねぇのかな」
「まぁ、写真入ってなくてよかったと思うべきだな」
新垣の言葉に、うっ……となりながらもよくあるストーカー展開を思い出す。
確かに気持ち悪い手紙と一緒に入ってるのはカメラ目線ではない自分の写真だ。一人じゃない俺はどんな態度でも強気でいけてるせいで、でも、だけど、それは、という否定ばかりの言い返しばかり。
だが新垣は懸命に俺の話を聞いてくれて、頷いて、提案を出してくれる。
そのなかの提案とは、しばらく一人で行動するのは控えること。
知り合いから護身術を教えてもらっていた時期に加えて空手もやっていたらしい新垣。
あの友人二人といるよりも俺といた方が被害が少ないかもしれない、って。手紙だけじゃ、どうにもならないそうだ。
「でもそいつと接触なんてしないと思うけど……」
俺が首を傾げながらついでに眉間にもシワを寄せて新垣に言ってみると、怖い表情を浮かべた親友は『念には念を、だから』なんて言っていた。
整い過ぎてる顔で本気顔されたらなにも言い返せなくなる。というのも、俺自身が怖がって誰かそばにいてほしいなんて思っていたからな。頷くしか選択肢がないんだろうよ。
まあ、これでストーカーも静かになるか――なんて思ってはいないが……。
「新垣にも迷惑かけるな」
「なに言ってんだよ。俺は、いつも楽しそうに笑う佐倉がいいから。出来る事をやらせてくれ」
ふっ、と優しく笑う新垣。
くっそ……イケメンはなにしてもイケメンでスマートかつ安心出来る空気を作りやがる。新垣だからかもしれないが。
「ところでっ――ん゙、んん……」
「うお、大丈夫か?飲む?」
急に咳払いをした新垣へ咄嗟に持っていたお茶を差し出してしまった。俺じゃなくて今度はこいつの喉がやられたか?
もしくは風邪の前兆かなにかか?
「俺、口付けちゃったけど飲めるなら飲んどけよ」
「あぁ……ありがと、貰っとくよ。んんっ、それで手紙の内容はどんなものだった?思い出して気持ち悪くなるなら、言わなくてもいいけど」
「いや、お前がいるから別に。とりあえず、好き大好き愛してるを基本に――」
手紙の内容を聞きながら、俺が渡したお茶を飲む新垣。一口、二口と飲んだところでペットボトルに口をつけたまま、手紙の内容を聞いてる。
良い事なんだろうが、俺の目をジッと見ながらまたお茶を飲み、内容を聞いてくれている新垣。
俺個人としては、同じ飲み口を複数人で回して飲める派だ。箸にしてもスプーンにしても。だから気にはしないし全部飲んでくれても構わない。
構わないんだが、
「なんか、監視されてるような……手紙も、あった気がする……」
「へぇ……やっぱ怖いな」
「……ああ」
舌までペットボトルの中を入れられると、なぁ……?
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