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一緒の時間
「よっ、と……はあ」
ダルい自分の体に鞭打って立たせる。
途中、関係ない談話も入れつつ俺は新垣にストーカー状況を全て打ち明けた。気付けば三時間目が終わる十分前で、使われてない時間の各教室内にあるチャイム音をオフにしてるせいか、ここまで話し込んでいた事に思わず苦笑する。
音楽室も使われてなければ化学準備室も利用する者はいない。そりゃ始終チャイムなんて気付かないわな……。
「佐倉、目眩は?」
「さすがにねぇよ。あんだけ喋ったんだ、ある方がおかしい」
心配してくれてる親友を素直に受け取れず乱暴な口調で返してしまったが、実際は嬉しいものだ。
加藤と伊崎を信用していないわけではない。
でも、なんか、こういった話を出来ないというか……あいつ等が楽しくわいわいする姿を見るのが好きだから別物として考えたかったんだ。
けど、もう大丈夫だろう。
なんだってこの新垣様に話したんだからな。巻き込んで悪いと思ってはいるが俺の気はかなり軽くなって、むしろ清々しいほどだ。
「あ、どうせもう終わるし便所行くわ。新垣は先に戻るかまだここにいるか、どっちでもいいぞ」
突然来た尿意に口を出しながらトイレ方面を指差して新垣に伝えとく。先に戻るか、と言ったところでどうどうと授業中である教室のドアを開けれるほど度胸があるとは思えないが。
おっと、やべぇ。これは量がありそうだ。
新垣の返事も聞かずにそのままトイレに向かおうと美術準備室のドアを少し開ける。その時、もう片方の腕をガシッと強めに掴まれた。
言わずとも新垣が掴んできたんだけど。
「なんだよ」
「一人で行動するなって言っただろ?」
「……えぇ、今から?」
心配そうに笑みする新垣。俺はそんな新垣に苦笑い、というより失笑だ。学校内のトイレぐらい一人で行かせてほしいもんだよ。
だけど行きたくてたまらないトイレに俺は『わかったわかった』と言って掴まれてる腕をはらわず少しだけ開けていたドアを全開にしては、美術準備室から出て行く。
「新垣のって期待を裏切らないデカさだな……」
「そんなに見んな、恥ずかしい」
「見られ慣れてるくせになに言ってんだ、くっそ」
結局、新垣も用を足すということで隣同士、立ってはチラ見どころではなくガン見で新垣のジュニアを覗いてみた。……なんか、俺のとは全く違うブツだ。
思わず俺のと交互に見てみるが、
「……顔良くて性格も良くて容姿も良くて、ソコも良いとか人生ナメてんの?」
「喧嘩腰?」
余裕そうな笑みを浮かべる新垣が憎い。とはいえ一度や二度の話じゃない。
何度も見る機会なんて訪れていたからな。夏のプール授業の時とか、こうやって一緒に用を足す瞬間とか。下着越しでも大きさがわかるぐらいだからさ。
それを本人に伝えたのが今日初めてだっただけだ。
気持ち悪いストーカーで気を紛らわせたかったのも、あるかもしれないが。
「あー……神様はなんでこんなにも差が出る人間を作ったかなー」
呟くように最後の水滴を振ってからモノをしまい、手を洗う。
同じタイミングで終わったらしい新垣も蛇口に手を伸ばしていた。
「佐倉も十分にカッコいいよ」
嫌味か。これは嫌味なのか?
もしくは本当に喧嘩でも売ってんのか?
「だったら買ってやるけど……」
「あ?なんか言った?」
先ほどの呟きよりもさらに小さな声で口にすればハンドタオルで手を拭きながら首を傾げて聞き返してきた新垣。それに『なんでもない』と素っ気ない返事で俺はトイレから出て行く。
そこでチャイムが鳴る。ちょうど授業が終わったチャイムだ。
「あ、戻れるな」
「新垣がサボりってわかったらみんな騒ぐんじゃねぇの?」
「それはない。実際ちょくちょくサボりはしているから」
確かに。授業中、ふと周りを見るとたまーに新垣の姿が目に入らない時があるな。教師達もそれほど気にせずなのか、いつの間にかいなくなってる、という感覚になる。
「どこでサボってんだよ」
「ははっ、じゃあ今度一緒にサボるか」
そんな冗談で本気の会話にそのまま歩いて教室を目指す。――おかしな視線を感じながら。
その日の放課後は加藤と伊崎の三人でゲームセンターに行く約束をしていたが新垣曰く、しばらく真っ直ぐ帰った方がいいと真剣な顔で言うから断ってきた。……それは一理あるが、どうなんだろうな?
一応、俺一人じゃないし、行けたかもしれないのに。まぁ、いいか。
「一緒にいるっつったって、家まで送らなくてもいいんだけど?」
「ガバッと襲われるかもしれないぞ」
「まさか。考え過ぎだっつの」
歩く帰り道。夕日で伸びる、俺と新垣の影。俺の方が先に歩いてるせいか影だけが今、新垣より背を越してる気がする。
「でも、ありがとーな」
歩くたびにゆらゆら揺れる影を見ながら、今日の最後に、と。それと、これからの意味を込めて素直に礼を新垣に投げかけた。
やべぇ、照れくさいなっ!
「ははっ……――なぁ?佐倉」
「あぁ?」
照れくさくて振り向けない俺はまだずっと影を見ている。後ろで余裕ぶっこく笑みを浮かべながらの新垣は想像がつくから嫌じゃないイラつきがきた。
トイレでの発言には本気でイラついたけどな。
そう思いながら、影をずっと見続ける。歩く足は止めない。
「なにかあったら、俺を呼んでくれよ」
「はぁ?なに言ってんだ?ちゃんと来れんの?」
自分にとって無茶な事を言いやがる。仮になにかあったとして、俺が新垣の名前を呼べば来るってか?
ばかやろう、どんなヒーローだ。
「佐倉が危険な目に遭うと考えただけで、親友の俺は嫌な気持ちになるからさ」
まだバカな事を言い続ける新垣。
もちろん歩いている足は止めずに、俺の視界はちゃんと二つの影を捉えている。それでもまた素直になれば、嬉しいの他になにもなくて、新垣に相談してよかったなと思い始めるんだ。
もっと前から相談していればよかった、って。
姉ちゃんのラブレターだと思っていた時から話してれば、なにかおかしい事に気付くんじゃなかったのか?って。
揺れる影を見ながら、複雑な気持ちで、
「佐倉」
二つの影は、
「さくら、」
不意に、三つの影。
〝こうた〟
「……っ」
「佐倉?」
勢いよく後ろに振り返った俺、に――新垣は少し驚いた顔で名前を呼んできた。
二人の影しかなかった間から、もう一つの影が出てきたんだ。歩く足音に新垣の声が雑音ノイズ化して、俺の下の名前が耳に届いた瞬間、気持ち悪くて気持ち悪くて鳥肌が立っている。
確実に今、俺達の後ろに誰かが、いた。
「おい佐倉、大丈夫かよ」
「あ、やっ……」
やっと動かせた目は新垣の心配そうな表情をうつす。
なんとか口角を上げて明るめな声を出しつつ『大丈夫だ』と言ってみるものの、震えてるのが自分でもわかる。
声だけじゃない。手も、足も、心臓も全部だ。笑えるよう、豊かにしてみてもこれはただの苦笑いに等しいものに違いない。あー、もう、ダメなんだな。
本当にダメなんだ。
「にい、がき」
なんとか絞り出した声は、
「明日の朝、一緒に行こうぜ……学校っ」
助けを求めるばかりで申し訳なくなる。
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