39 / 42

ぶっ壊れのさよなら、

   ゆっくり、ゆっくりと下に落ちようとする唾は粘りもあって、そんなにはやく垂れる事はなさそうだ。  まぁ、慣れないことはするもんじゃないな。そもそも唾なんて飛ばした事ねぇから無理矢理吐き出したこれも嗚咽っぽいのが胸からドクッときて苦しい。  今はもう苦しくないが、しばらくはやらないだろうよ。いや、一生やらない。 「こう、た……」 「うるせぇクズ喋んな」 「っ、……」  吐かれた唾に驚いてるのか、それとも怯えてるのかわからないが、俺もそろそろ痺れを切らしてみようか。  いくら腕が後ろに回されてて手錠をハメられていようが、ぶっちゃけそれだけだから。両腕を少し上げれば立てるからな。  膝上に新垣が跨ってるだけで、こいつさえ後ろに倒せば俺は立てる。 「邪魔だ、遠慮なく跨りやがって」  でも後ろに倒すといっても手は自由じゃないからさ。――なんとか立ち上がってずり下ろした方が楽だろ、どう考えたって。 「……あっ」  普通に椅子から立ち上がれば油断していた新垣も俺が思うままに膝上から落ちてくれる。尻ついて痛かったのか痛くなかったのかは知らないが、セックスの時を考えれば俺の方が何倍も何十倍も痛かったから、こっちの心配は皆無。  元から心配とかする予定もないが。  なんで拘束されたまま立ち上がれたのにそれを今までやらなかったか?――出来そうな時にやって、出来なそうな時はやらないだけだ。  新垣もまさかのまさかで目を真ん丸にしている。  違うんだよ、ごちゃごちゃになるから。 「俺がちゃんとお前について考えてやってるのに長々と言い訳を口にして……結論はなにが言いてぇんだ。俺が新垣を嫌うなってことか?あ?」  見下す俺と見上げる新垣。口悪くも腹に足を乗せて徐々に力を入れながら踏み付ける。  俺が言った事が正しかったらしい新垣は腹の痛みに耐えながら目一杯、頷いた。  だよな、そう言いたかったんだよな。ずーっと前から、そう言いたかったんだよな?  長くて女々しい、愛の言葉ってやつ? 「じゃあ嫌わねぇからそれ以上、伝えてくんな。本当にうざいから。ストーカーとはいえ、しつこいにもほどがあるぞ」 「こー、たっ」  苦しむ新垣。またさらにグッと足に力を入れてしゃがみ込み、踏んでる方へ体重をかける。  新垣との目線は同じになるが、それとは別で護身術も空手も関係なくなにも構えていないせいで踏まれてる腹は痛いんだろうよ。  口から内臓が飛び出てきそうな、そんな感じで。 「嫌わない自信はこれからつけてやる。それすらも信じ切れずに一気に言葉を吐いたら、それこそてめぇのチンコを踏み躙るけど、どうよ?」  涙目になる新垣は頷きそうになる一歩手前で、首を横に振った。そんな遊びもイイとでも思ったのか……?  マゾ気質は理解出来ないなおい。そういうのは本当、勘弁してくれよ。 「でも、こーた、おれ、」 「なに、まだあんのかよ。だったら嫌わない証拠になにかするか?ナニ以外でな。ははっ」  新垣が言いそうな言葉をまずは遮ってヤらせる範囲を狭くする。俺という俺が今までの俺っぽくないからか、それに戸惑う新垣も新鮮だ。  自分自身、これがイラつきマックスの爆発加減なのかもな……と冷静に分析しながらも“今”の俺を変えるつもりはさらさらなくて、なにをしてほしいのか新垣が口にするまで待つ俺。  優し過ぎる。 「んぅッ、こた、苦し、っつの……ッ」 「……」  体重のかけっぱなしはどうやらツラいみたいだ。肝心の言葉も出せずに泣かれたりしたら俺が困るしなぁ。――まぁこいつ勃起してんだけど。  足を退かして新垣の横へ移動する俺を横目に見てくる。それがイヤらしすぎて狙ってるんじゃないかと思うほど、紅潮と染まらす頬は俺の見間違いだろうか。 「航大……キス、してくれ」  ……ん? 「いくらでもしてんだろ?」 「してない!」  あまりにも簡単過ぎる行動にズバッと返してみれば、新垣からもズバッと言われてしまった。 「してないんだよ!言っただろ!俺は航大を愛したいし航大と愛し合いたいって!寝てる隙にやる?ヤってる時にやる?不意打ちでやる?そんなの全部、愛がないままでやってることだっ、俺はちゃんと気持ちが通じ合った時にその柔らかな唇でしたい……!舌を入れて絡ませて上顎舐めて歯列なぞって余すことなく啜ってそれから――!」 「お前って、ほーんと学習能力ってのがないんだな。勉強以外で」  躊躇いなく新垣の顔に右足を揺らしたら、鈍い音とともに上体が倒れた。  その際に新垣のブレザーの胸ポケットから出てきた小さな鍵を手に取り、鍵穴を探しては難なく片手が外れる。  楽になった手は赤い痕が付いていて痛々しい。長袖でよかった。気付かれてもいいけど、とりあえず長袖でよかった。 「……」  動かない新垣。どうやら蹴りの具合をやり過ぎたらしい。  でも、さっきみたいな罪悪感はあらわれてこない。不思議だな、これ。 「あぁ、なるほど」  がちゃん、と軽い音を立てて鳴らしたものは、新垣の手首に手錠をハメたもの。 「吹っ切れたからか」  気付いた気持ちに軽くなったすべて。気絶してるくせに涙を流している新垣。  帰るときはどうしようか。さすがに起きてるとは思うが……この状況で焦ることなく次を考えられてる俺ってすげぇ。この先どうなるかもわからないのに。わからないくせに、頭の隅にはまだ新垣がいる。    感情とか全く、ないはずなのに――。 「くそ……」  理不尽なムカつきにもう一発、今度は優しめに新垣の横腹を蹴って美術準備室から出て行く。  もういい。違う角度から見りゃ純粋な新垣を、これからも受け止めようじゃないか。話を聞く限りセックスはしててもキスはしてないっていうし。  あー、受け止めよう。あんな新垣でも結局、俺は自覚を持ってるんだから。 「ふっ――」  ついニヤケてしまう。今日で終わる手錠生活と、今日から始まる新しい関係に。 * お し ま い *  ニヤケてしまう。俺も航大も。  本当にあの子は、俺の最高の、愛しい人だ。 * お し ま い *   

ともだちにシェアしよう!