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第1話

◇◇ 『…兄さん、好きだよ』 十五年間ずっと追い続けてきた兄の背中に、そう声をかけたあの日。 あの日から、俺の時は止まっている。 ◇◇ 「悪いな、突然呼び出して」 「いいよ。俺も丁度暇だったからさ」 佐武はそう言ってにかっと笑いながら、黒いリュックをテーブルの側に置く。 「はい、コーラ」 迷うことなく隣に座ってくる佐武に、テーブルの上に用意した二人分のコップの内の、一つを手渡した。 気ぃ利くなぁ、なんていって笑って、佐武はコップを受け取ると、一気に中身を煽る。 隣に座る佐武祐樹(さたけゆうき)は、この春大学に入ってから出来た、数少ない友達の一人だ。 明るくて、細かいところを気にしないサバサバした性格の佐武は、話していてとても楽だし、居心地が良い。 自分はどちらかと言えば聞く方に回ることが多いので、よく喋る佐武とは、馬が合うのかもしれない。 だからなのか、一人暮らしの寂しさもあって、気が付けば電話している事が多かった。 「そういえば、課題終わった?」 「んー、…まだ」 「提出今週じゃなかったっけ?俺の見せてやろうか」 「いい、大丈夫」 「…そっか」 「……」 会話の後、変な間が空く。 けれど別に、それを気まずいとは思わなかった。こういう間が空いた時は、俺が何を求めているのか、もう佐武には分かっているからだ。 隣に座る佐武の手に、そっと自分のを重ねる。 そのままゆっくりと肩にもたれかかれば、ふわりと柑橘系の匂いが香った。 この前俺のあげた香水を、どうやら使ってくれているらしい。 「…佐武」 名前を呼べば、佐武の瞳がこちらへと向けられる。 綺麗な黒い瞳が、僅かに揺れた。 「…湊」 ぱたりと、佐武の顎から一粒、汗が滴り落ちた。 それが合図だったかのように、どちらからともなく、唇を重ねた。 佐武の唇は、柔らかくて、仄かに甘い。 その首に手を回して、開いた歯と歯の隙間に舌を入れる。 佐武は一瞬身を硬くして、けれどすぐに、口内に滑り込ませた舌に自身のを絡めてくる。 佐武の手が、服の上から腹に触れた。 その手は躊躇うようにそこでもぞもぞと動いていたが、やがてゆっくりと、服の中に潜り込んでくる。 少しざらついた、しっとりとした感触が、下から上へ体を撫でていく。 触れられる度、仄かに香る爽やかな甘い匂いが、理性を溶かしていく。 「…湊…」 低音の心地よい声が、耳を撫でる。 目を閉じれば、目の前の友人と兄さんとが重なった。 『…可愛いよ』 「は、っ……ぁ…」 『…もっと、…声、出して』 囁かれる度に、ぞくぞくと、背中を何とも言えない気持ち良さが駆け上がる。 『…湊、好きだよ』 「お、れも…っ」 艶のある低い声で名前を呼ばれて、ぷちぷちとポップコーンみたいに、胸の中で幸福感が弾け出す。 幸せで、色のある時間。 こうしてセックスしている時だけが、唯一生きているという実感に満ち溢れている。 『湊…』 伸ばした手は、細くしなやかな指に絡め取られる。 この幸せな夢が、いつまでも続けばいい。 そんな叶わない願いを抱きながら、ぎゅうっと固く目を閉じて、与えられる快楽に身を堕とした。

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