1 / 6

第1話 新築戸建

「賢さん、おれ、引っ越すことになったよ」  平成最後の〜、令和最初の〜と、にぎやかだったテレビも落ち着き始めた大型連休明け。  仕事帰りに旅行のお土産を、佐野に持って来てくれた武林に伝えると目を丸くした。 「は? え? 転勤!? まさか恋人ができたのか!? 同棲!?」 「驚き過ぎ。転勤でも恋人でもなくて、ここのアパート取り壊すんだってさ」  佐野が借りているアパートは築50年ほどの建物だ。  大学生の頃から住み始め、かれこれ10年ほど過ごしている。  大学卒業後に引っ越そうかと考えていたが、入社が決まった会社もここから通いやすかったため、継続することとなった。  しかし、大家夫妻もそろそろ息子に所有地管理を任せるらしく、これを機に取り壊しの話となった。  夕飯をごちそうになりながら、武林は佐野の話を聞いていた。  転勤でもなければ、恋人ができていなかったことに武林はなぜか安堵していた。  武林(たけばやし) 賢太郎(けんたろう)(28)と佐野(さの) 優希(ゆうき)(27)は大学時代に飲み会以来の親友だ。  共通の友人が主催したのだが、一次会も二次会もあまり関わることがなかった。初めて話したのは、武林が終電を逃し、佐野の部屋に泊まらせてもらった時だった。  翌朝、二日酔いでグッタリしていたところを介抱してもらい、朝食におにぎりとしじみのみそ汁を作ってもらった。  一人暮らしをしていた武林は久しぶりの手作りのみそ汁の味に感動を覚えた。  佐野も「うまい! スッゲー!」と褒められた事に感動した。  お互いになにかがカチリとはまり、それ以降の飲み会で徐々に親交を深め、次第に2人だけでも会うようになっていった。  違う会社に勤めているが、平日にも関わらず、お互いの部屋を行き来し、夕飯をともにする。泊まることもザラだ。 「ローンの本審査も通ってね、明日、新居の引き渡し」 「展開早いな!」 「あはは。3月に話があってから、賃貸探したけどやっぱり高くってさ、それなら金利の低い今のうちにマンションか戸建買った方が家賃より安いって探してたんだよ」 「確かにそうだなぁ」 「マンションは管理費がずっと掛かるし、それなら戸建かなって」  頭金払って貯金があっという間に消えたと笑う佐野を武林は尊敬した。  佐野は自身の趣味がレンタルショップで映画や音楽を借りる事だったので、今までにそれ程大きな出費がなかったのが幸いした。  武林の趣味は旅行だったり、フットサルだったり車だったりと、アウトドアな趣味が多い。付き合いで外食も多く、少ないながらも貯金はしているが収入に割にはなかなか貯まっていないだろう。 「引っ越しは再来週末になるんだけど、小物とか運べるものは先に持って行こうかなって。この際、カーテンも家電も買い替えて、煎餅布団ともオサラバして……」  ひき肉たっぷりの麻婆豆腐をビールで流し込みながら、武林はここで過ごした日々を思い返した。  夏は暑く、空調もレトロなものでなかなか効きが悪かった。扇風機を取り合い、汗だくになりながらかき氷を作ったりした。アイスの差し入れをすると、熱苦しいハグで感謝されたが、くっつくのは嫌ではなかった。  冬は寒く、隙間風が吹き込み、こたつの住民だった。いつも鍋を囲み、体を中から温めた。寒いから一緒に寝ようとガタガタ震えながら誘ってくる佐野がかわいそうで、自分のアパートに帰れば暖かい部屋で眠れるというのに、寒い部屋で煎餅布団で男2人抱きついて寝た。風邪をひいた。  佐野が武林の家に行く事も勿論あったが、佐野の部屋は古いが妙に心地よく武林は入り浸っていた。 「賢さん?」 「ここ居心地良かったのに無くなるの残念だなぁ……」  それを聞いた佐野は嬉しそうにうなずいた。 「俺もこの日焼けした畳とかに愛着持っちゃってさー、賢さんとの思い出もあるし、寂しくなるなぁ」 「借りてた合鍵も返さなきゃな」  2人は互いの部屋の合鍵を持っていた。違う会社で時間の都合が合わないのはザラだったからだ。  いつしか合鍵の話をした時、共通の友人は思いっきり口元が引きつっていた。付き合ってるのかと聞かれたが、2人ともそろって首を横に振った。 「解せぬ」 「おれ、彼女いるよ?」 「俺もいるぞ?」 「解せぬ!」  ちなみに今は2人ともフリーだが、過去に付き合っていたお互いの彼女にも顔をしかめられた。 「え? そういうのって、私に渡さない?」 「意味がわからないんだけど……?」  どん引きされたが、佐野も武林もどうでもよかった。だって、2人でいると実家でくつろいでいるかのように、とても安らぐのだから。 「引っ越しまででいいよ。まだ少しあるんだから、気にしないでいつも通りに来てよ」 「優……」 「そんで荷作り手伝って!」 「それが目的かこの野郎! 車も出してやんよ!」 「キャー! 賢ちゃんカッコイイー!」  佐野は態とらしい裏声でヒューヒューと囃し立て、温くなったビールを飲み干した。

ともだちにシェアしよう!