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第35話

ガチャ、ガチャと手枷、足枷が音を立てる。 「おーい、誰かぁ?」 目の前には鉄格子。 足枷の先には丸い大きな鉄の玉が転がっている。 「お腹減ったんですけどぉ?」 鉄格子の向こう側には誰もいない。 気づいた時には1人だけ、この石畳の部屋に転がされていた。 瞬の声はただ響くだけで、それに答えてくれる声はない。 「1人は寂しいんですよぉ?」 獣化すれば手枷足枷は何の意味もなくなるのだが、それは最後の手段。 手枷を外した途端、壁が迫って来るとか、天井が落ちて来るとかの罠が発動するかもしれない。 「誰か相手してぇ?」 どうせ誰も答えてくれないだろうと、瞬は鉄格子に背中を預け、独り言のように呟いた。 ガチャッと音を立てて腕を上げる。 (大翔くん) 先程までピクリとも動かなかった自分の身体。 (お前美味いのかって聞かれた) 大翔は瞬のことが判ってなかったみたいだ。 (つまり、僕は大翔くんに喰われかけたのか?) ぺろっと舐められた首筋に手を当てる。 (大翔くん、僕のこと犬って言った) 膝を抱えて、ごろんと寝転がった。 「僕狼男だもん」 むぅっと唇を尖らせる。 「犬男じゃないもん」 ごろん、ごろんと何度も寝返りを繰り返し、ゴロゴロと壁際まで転がった。 「何やってんだ、犬」 誰もいなかった空間に大翔の声が聞こえて飛び起きる。 「暇そうだな、犬」 鉄格子の向こう側に大翔はいた。 彼の手には山盛りのフルーツ・・・・・・それを見た瞬の腹が、ぐうぅぅぅっと啼いた。 「お前、まだ食べ頃じゃないんだってな?」 フルーツに向かって突進してきた瞬の頭をガシッと鷲掴みにした大翔は笑顔だ。 「へ?食べ、ごろ?」 瞬の頬が引き攣る。 「ひ、大翔く・・・・・・ん、何言ってんの?」 笑顔の大翔は、持っていたフルーツを瞬に押し付けた。 「食え。いっぱい食え!そして太れ!」 満面の笑みで命令口調。 (ダメだ!太ったら大翔くんに喰われる?!) そう直感した瞬は、腕の中のフルーツと、鉄格子の向こう側に立つ笑顔の大翔を見比べ、混乱に陥った。 「まぁ、俺は今のままでも十分だけど、水島が、犬はもう少し太らせた方が美味いって言うから」 大翔はぺろっと唇を舐めた。 (ミズッチ・・・・・・時間稼ぎをしてくれたつもりなんだろうけど、あまり効果ないみたいだよぉ!) だから早くフルーツを食え、と大翔が急かす。 「えっとぉ、あ、そうだ!大翔くん、今何時かな?」 何か気を逸らさなければと必死で考える。 「知らね」 スパッと即答。 (終了・・・・・・っじゃなくってぇ!) 押し付けられたフルーツを抱え、大翔に髪をがしがしと掻き回される。 「それで足りねぇんなら、まだ持ってきてやるぞ?」 遠慮しなくていいぞぉ、と続けられた。 (遠慮しなくていいなんて、なんて素敵な言葉なんでしょう・・・・・・) 普段ならば。 しかし、今は素直に喜べない状況だった。 「ぼ、僕は夜の8時以降はモノを食べちゃいけないってことになってるんだ」 同時に腹の虫が盛大に啼いた。 なんて説得力のない場面なのか・・・・・・ 「なんで?」 大翔から笑顔が消える。 「食えよ」 声のトーンが下がった。 気のせいか、室温も何度か下がった気がする。 大翔の睨みが鋭く瞬に突き刺さった。 「えっとぉ・・・・・・」 冷や汗がどばっと額から噴出した。 「あ、そうだ!に、兄ちゃんに怒られちゃうから」 これは嘘じゃない。 よく、これ以上食い続けたら豚になるぞって言われてるんだから嘘じゃない。 ついっと大翔の片眉がつり上がる。 「兄ちゃん?」 瞬は大袈裟なほど首を上下させて頷いた。 「永久兄ちゃん」 そう言えば・・・・・・ 「えっとぉ、今の大翔くんって、永久兄ちゃんのこと・・・・・・わか、る?」 大翔はじっと瞬を睨みつけている。 「誰だって?」 瞬の髪を掴んだままだった大翔の手が離れた。 「ほら、永久・・・・・・兄ちゃん」 まだ判らないかもしれない、と期待せずに大翔の反応を待つ。 「とわ・・・・・・トワ・・・・・・・・・永久?」 大翔の表情が苦痛に歪んだ。 「大翔くん?」 大翔は鉄格子を握り締め、瞬から外れた視線は落ち着きがなく宙を彷徨い、ギリッと下唇を噛み締めた。 「とわ・・・・・・っ」 瞬は大翔の手に自分の手を重ね、彼の顔を覗き込む。 大翔の唇に血が滲んでいた。 「大翔くん?大丈夫?ねぇ?」 ズリズリとその場に座り込む大翔と一緒に瞬も膝を付く。 「大翔くん?」 「・・・・・・っれだ・・・・・・」 吐き出した息と共に零れた言葉は聞き取れなかった。 大翔はズキズキ痛む頭を振り、歯を食い縛る。 「え?何って?」 聞き返そうとした瞬間、大翔に胸倉を掴まれて引き寄せられた。 「永久ッって誰だ?」 苦しそうな表情でグラッと傾いだ大翔の肩を慌てて支える。 「誰って・・・・・・だから、僕の兄ちゃんで・・・・・・大翔くんの・・・・・・」 胸倉を掴んでいた大翔の指が外れていく。 今にも意識を飛ばしてしまいそうだ。 「大翔く・・・・・・」 「っらね・・・・・・とわ・・・・・・な、んか・・・・・・・」 支えている瞬の腕に大翔の重みが徐々に加わる。 「ちょっと、大翔くん?聞こえてる?ねぇってば!」 瞬の腕にぐったりと身を委ねた大翔を揺さぶるが、反応は返ってこない。 微かに開いたままの瞳には何も映っていない。 「大翔くんてばっ!」 瞬の声が響くばかりで、誰も駆けつけてもこない。 (逃げ出すなら今がチャ~ンス?) 動かなくなった大翔をそっと横たえ、鉄格子を握り締める。 「はい、狼男の本領発揮!の前の水分&栄養補給!」 大翔が持ってきたフルーツの山盛りをぺろっと平らげ、軽く力を加えて、ぐにゃりと鉄格子を広げた。 「これも邪魔ぁ」 両手、両足に繋がっていた枷を引き千切り、大翔を抱き上げる。 「大翔くん」 すっぽり腕の中に収まった大翔の顔を覗き込むが、まだ意識は戻っていないようだ。 「あ、このまま大翔くんを連れて帰れば、僕ってヒーローじゃん?」 扉から、ひょっこり廊下に顔を覗かせて見ても、そこには誰もいない。 「楽勝?」 出口がどっちかは判らないけれど、とりあえず進む。 窓から太陽の光が差し込んでいる。 「こっから出ちゃおっか」 ガラスにこつんっと額を押し当てて、外の様子を伺う。 飛び降りれないこともない高さだ。 「あ、でも、大翔くんをこのままってワケにはいかないよな?」 シーツか何かで包もうと、近くの部屋を覗き込む。 そこは暗かった。 人の気配はない。 「お邪魔します」 一応警戒しながら中に踏み込んだ。 「ここ何の部屋なんだろ?」 分厚いカーテンが締め切られた部屋の中は、廊下から差し込む光でぼんやりと浮かび上がっている。 「埃っぽい」 普段はあまり使わない部屋なのだろう。 あちこちに蜘蛛の巣がある。 小さな本棚には分厚い魔道書が並んでいる。 「僕は字が読めませ~ん」 そのまま本棚の前を通過しようとして、腕の中の大翔が微かに動いた事に気付いた。 「大翔くん?」 意識が戻ったのか・・・・・・ 大翔の視線が本棚に向いている。 「ひろ・・・・・・」 返事をしてくれないので、もう一度呼んでみようと思ったのだ。 大翔の腕が上がり、本棚に向かって伸ばされる。 「え?どれ?」 大翔の腕が伸びる場所に近づき、瞬は魔道書に手を掛けた。 何冊目かに瞬の手が掛かった瞬間、腕の中の大翔がコクンッと大きく頷き、瞬はその一冊を引き抜いた。 「これ?」 もう何年も開かれたことのなさそうな魔道書。 これが何なのか問おうとしたのだが、大翔はすぅすぅと寝息を立てていた。 (読めないから、これが何なのか解んない) けれど、この魔道書は必要なものなのだと大翔の腕にその本を抱かせた。 後は、これといったモノも見付からず、再び廊下に戻って次の扉に手を掛けた。 「あれ?」 ノブが錆び付いていて動かない。 かと言って蹴破るわけにもいかない。 だが、気になる。 なんとか部屋の中に入ろうと思ったのだが、近づいてくる足音に気付いて、瞬は先程の部屋に飛び込んだ。 (この足音は・・・・・・ミズッチ?) バタバタと近づいてくる。 大翔を抱いている腕に力が入った。 「真琴ちゃ~ん?」 水島は彼の名前を連呼しながら通過した。 「真琴ちゃん、どこぉ?」 そっと廊下に顔を出してみる。 水島の背中がどんどん遠ざかり、角を曲がって消えた。 「また戻ってくる前に、とっとと逃げよう」 窓の左右に束ねてあったカーテンを引き千切り、それで大翔を包んだ。 窓枠に足を乗せ・・・・・・ 「よっと」 軽く跳躍。 抱いている大翔に振動を与えないように着地した。 「はい、脱出成功!さっさと帰ろう、大翔くん」 僕らの家に・・・・・・

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