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第37話

ビクッと大きく飛び上がり、振り返る。 「どっ、どちら様ですか?」 背丈ほどある草が揺れていた。 そこに何かいるのは間違いないと思うのだが、覗きに行こうとは思わない。 ガサガサと先程よりも大きく草が揺れて、瞬は慌ててその場を離れた。 (ヤバイよヤバイよ、ヤバイよぉ!!) 何度も足を取られ、転びそうになりながらも、なんとか堪え・・・・・・ とにかく森の出口を目指す。 「はぁ、はぁ・・・・・・はぁ、大翔くっ」 腕の中の大翔は眠ったままだ。 危険は迫っていないということなのだろうか? (行きってこんなに時間掛かったっけ?) 森の規模は大体把握していたはずなのだが。 チラッと背後を振り返るが、追ってくるモノはいない。 少しだけスピードを緩め、そして足を止めた。 近くの大木に背中を預け、呼吸を整える。 「はぁ、なん・・・・・・か、変だ・・・・・・よね?」 同じところをグルグル回っているような気がしてきた。 靴の踵で、足元にバツ印をつける。 「試しに」 もう一度走り出す。 足を動かしながら、ちらちらと周囲の景色を記憶していく。 折れた枝・・・・・・ 立派に張り巡らされた蜘蛛の巣・・・・・・ 転がっている石の数・・・・・・ 通り過ぎたバツ印・・・・・・ 「あれ?やっぱり?」 一本道、通ってきた道に分岐点はなかった。 やはり同じところを走っている。 折れた枝・・・・・・ 蜘蛛の巣の形・・・・・・ 転がっている石の形・・・・・・ そして・・・・・・ 「僕が書いたバッテン」 瞬は走るのを止めた。 「意味分かんない」 ムッと唇を尖らせる。 くんくんっと鼻を鳴らしても出口が見付けられない。 「どうやってココから抜け出せばいいんだよ?」 この森に瞬と大翔を閉じ込めたモノの正体は判らないが、自分達の味方である確率は非常に低い事だけははっきりしている。 「なんか黒い霧も出てきたぞぉ?」 嫌な予感しかしない。 じっとりと汗で濡れた背中を木に押し付ける。 霧はどんどん濃くなっていく。 もう数メートル先が見えない。 「早く帰ってシャワー浴びたい・・・・・・ねぇ?」 顔を覗き込んだ大翔の目が薄っすらと開いている。 「あれ?大翔くん?お、おおお、起きた?」 ドキンッと心臓が大きく波打った。 (また僕のこと喰いたいって言い出したらどうしよう・・・・・・な、舐めるだけならいっかなぁ?) ゆっくり大翔が顔を上げ、瞬と視線を交わした。 じっと黙って見詰められる。 「大翔、くん?」 そっと瞬の頬に触れてきた大翔の手に自分の手を重ねる。 「え?なに?」 何かを伝えたいのか、大翔の唇が動いている。 「え?なんて?」 声が聞こえなくて、大翔の口元に耳を近づけた。 「あんたじゃないわよ!お兄ちゃんが私になんとかしろって言ったのよ!」 何かが耳に触れ、髪を引っ張られた。 「いてっ!え?」 驚いて顔を上げると、そこには・・・・・・ (女装した、ちっちゃい大翔くん・・・・・・つまり、ヒロちゃん?) 昔何度か見た事がある。 酔っ払った大翔が女装して、同じく酔っぱらった永久に抱きついて、あれやこれやと無理難題を吹っかけて笑い、最後にはぶっちゅ~っと濃厚な接吻をかます姿を・・・・・・ 「なによ、犬っころ!」 ぷうっと頬を膨らませ、両手を腰に当てた小さな大翔がこちらを見上げている。 「狼だもん!で、貴女はどちら様ですか?」 「真琴よ!」 頬に掛かった髪を払って、ぴょんっと瞬の肩に飛び乗る。 「まこと?ん?ってことは、あの真琴ちゃん?」 水島が探していたのは彼女の事だったのか? (随分小さいんだなぁ・・・・・・ミズッチ見落としたんじゃないの?ん?あれ?真琴ちゃんって、弟っていう話じゃなかった?) そっと指を伸ばし、その頭を撫でてみる。 「ちょっと何するのよ」 ぺちぺちと真琴の手が瞬の指を叩くが、まったく痛くない。 「可愛い、可愛い」 なんだか癒される。 (こんなの、大翔くんには絶対出来ないもんね) 小さい子供達が遊ぶ人形のように、彼女?彼?の身体を優しく掴んだ。 「で、マコちゃんは何をしてくれるの?」 大翔は再び眠ってしまったようだ。 「まこぉ?まぁいいわ・・・・・・今はお兄ちゃんにエネルギーを大量に奪われちゃったから、こんなに小さいけど私は魔女よ!」 ふふっと不敵な笑みを浮かべる。 瞬は真琴を頭に乗せた。 「しかも、破滅の魔女と呼ばれた人の孫」 真琴が伸ばした腕の先、人差し指が小さな魔方陣を描く。 一筋の光が真琴の指先から放たれる。 その光は濃くなってきていた霧を貫いた。 (ちっちゃい身体なのに、こんな力が出るなんて・・・・・・マコちゃんって化け物級) これが本来の力の何分の一だというのだから、彼が完全体だったら・・・・・・ 想像して、ごくっと生唾を飲み込んだ。 「ちょっと、犬っころ!あんた、今なんか失礼な事思わなかった?」 瞬の髪の中にぺたんと腰を下した真琴が、近くの髪をツンッと引っ張る。 「やだなぁ、すっごいぜマコちゃんっ、格好いいぜマコちゃんって思ったんだよ?」 なんで考えていた事が分かったんだろう、と内心ヒヤッとしたが、真琴はそれ以上追求してこなかった。 「ふ~ん、まぁいいわ・・・・・・ほら、今のうちに行くわよ」 真琴が指差す先、ぽっかりと光が口を開いている。 まだ妙な視線は纏わりついているが。 「あれは、何処に繋がってるの?」 この森から抜け出せるのはいいが、先程抜け出してきた屋敷に戻っては元の木阿弥だ。 真琴は瞬の頭部で大きな欠伸をした。 「心配しなくても、あんたんとこの城に繋がる森に出るわ」 ぐっと伸びをして寝転がった真琴を頭部から下ろし、大翔が抱く魔道書の上に乗せた。 「・・・・・・・・・帰っていいの?」 このまま素直に帰してくれるなんて、と少々疑ってみた。 「あら、帰りたくないの?」 少々疲れた様子の真琴が気だるそうに顔を上げる。 「マコちゃん、ちょっとエロいよ、その格好」 さっきまでは余裕がなく気付かなかったが、真琴の身体は布地一枚が巻きつけてあるだけだった。 「あら、お子様には目の毒だったかしら?」 ほらほらっと伸びた足を上下させる。 「・・・・・・マコちゃん、中見えるよ」 瞬は頬を真っ赤に染めて、ジッと真琴を見詰めた。 「ちょっと犬っころ、鼻息が荒いわ・・・・・・・・・金取るわよ」 顔を近づけてきた瞬の鼻先を足で押し返す。 「ほら、早く行きなさい・・・・・・この森を抜けたら、さっさと入口を閉じるわ」 纏わり付く視線が鬱陶しい。 (誰がお兄ちゃんを狙ってるわけ?) 真琴に思い当たる節はない。 恐らく瞬もそうだろうから聞いても無駄だろう。 走り出した瞬は、腕の中の2人に衝撃を与えないように移動している。 (まぁ暫くは、このまま・・・・・・) 大翔を攫った時に一緒にいた男の顔を思い浮かべた。 (永久って男がどういう男なのか、きちんと見極めてやるわ) うんっと決意し、大翔の首筋に潜っていく。 (弟として、兄の相手はじっくりと・・・・・・) ちらっと瞬を見上げる。 (たぶん、悪い奴じゃないのよねぇ・・・・・・この犬のお兄ちゃんなら) 瞬に対して嫌悪は感じない。 「マコちゃん、出るよ!」 瞬の合図と同時に、真琴は指先に魔方陣を描いた。 「はぁい、了解!」 ぐにゃりと空間が歪む。 瞬はくんっと鼻を鳴らした。 「・・・・・・うちの森だ」 先程の森から無事に脱出できたようだ。 鳥の声も聞こえる。 小動物の姿もある。 「帰ってきたんだ」 瞬は嬉しそうに笑みを浮かべ、腕の中を覗き込んだ。 大翔は相変わらず眠ったままだ。 そんな大翔の頬に抱きつくように、真琴も眠っていた。 「お疲れ様、マコちゃん」 起こさないように呟いて、瞬は城に向かって走り出した。 「今帰るよ、兄ちゃん」

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