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第38話

「と、わ、くん?」 ばちっと開けた眼を覗き込んだ大きなアーモンドアイに永久は飛び起きた。 「へ・・・・・・ひっ・・・・・・ひ、大翔?」 栗色のストレートな髪を耳の上辺りで左右に結び、淡いピンクのワンピースに身を包み込んだ大翔(?)が小首をかしげて永久の膝の上に乗っていた。 「なぁに?お兄ちゃんと間違えてんの?」 ぷっくりと頬を膨らませて、永久の膝から降りると、大翔(?)はスカートの裾を翻し、その場で一回転してみせる。 彼の華奢な体格はワンピース姿でも違和感を感じさせない。 いったい、いつ着替えたのか? その前に、そのワンピースを何処で手に入れたのか? 薄っすらと化粧もしていて、艶やかなピンクの唇をツンと尖らせる。 「永久くん?」 (なんで突然女装してんだよ?) 何度か女装した大翔を拝んだことはあるが・・・・・・ 「・・・・・・ほんとに分かんない?」 髪を指にくるくると巻きつけながら、大翔(?)は、自分をぼーっと見上げる永久の膝の上に再びちょこんと座った。 永久は眉間に皺を寄せたまま、じっと眼の前の顔を凝視する。 (こいつ、相変わらず眼ぇでっけぇな・・・・・・) 「だめよ、永久くん。あたしにはぁ、ちゃんとダーリンが、い・ま・す!」 永久の鼻をツンと突付き、キャッと恥ずかしそうに顔を両手で覆って立ち上がる。 (・・・・・・キャッて何だよ、キャッて) まだ夢の中なのだろうか・・・・・・ (ダーリンってなんだよ?) 永久は自分の頬を抓ってみた。 「永久くん?」 (痛い・・・・・・最近の夢は痛みを伴うのか?) 「永久くんってば!」 その眼は大翔(?)の姿を追いながら、されど只今自分の世界の中にどっぷり浸かっていて、こちらの声は受信されていないらしい永久の様子に諦めて立ち上がる。 (男なのにピンクのワンピが似合うってどうよ?) 部屋を出て行く大翔(?)の背中を見送る。 「おい」 (しっかし、あれは似合いすぎだろ?全っ然違和感ねぇもん) 「・・・・・・おい」 (そこらへんの女よりイケてるだろ?俺知らなかったらナンパしそう・・・・・・) 「おい、バカ息子!いつまで寝惚けてる気だ!!」 突然、ギュッと右耳を引っ張り上げられ、永久は悲鳴を上げた。 「いってぇなっ!なんだよ!」 その手を振り払い、じんじんと痛みの残る耳を押さえながら、自分を見下ろす人物を睨み付けた。 「お、親父ぃ?!」 ボサボサの髪を後ろで1つに束ね、ボロボロの衣服に、シルバーアクセサリーをジャラジャラ鳴らし・・・・・・ 薄暗い部屋の中だというのにサングラスをかけた彼は、口元に笑みを浮かべて永久の隣にしゃがみ込んだ。 「大翔なら、ずっとお前の隣で寝てんだろ?」 「は?」 父親の視線を辿って見下ろした先には、永久の袖を握り締めた大翔が小さく丸まって眠っている。 (・・・・・・大翔だ) 規則正しく呼吸する大翔の頬に触れ、永久はホッと溜息をついた。 落ち着けば、いろいろな疑問が浮かび上がる。 自分は大翔と地下へ逃げたはずだ・・・・・・ 逃げた? 何から逃げた? それに・・・・・・ 「さっきの女装した大翔は何?」 父親が口元に笑みを浮かべたまま、意味ありげな視線を扉へと向けた。 「・・・・・・なにって?」 扉の向こう側から、ガタガタと何かを転がしてくる音がする。 カチャッとノブが回って覗いた顔は、先程の女装した大翔で・・・・・・ ぎょっとして永久は再び自分の傍らで眠る大翔を見下ろし、ちゃんとそこに彼が存在することを確認してから再びドアへと向き生唾を飲み込んだ。 「大翔・・・・・・幽体離脱なんて出来たのか?」 「えぇ!まだ、そういうこと言うのぉ?」 ぷうっと頬を膨らませ、扉の向こう側へと消える。 「ちゃんと見ろ、足あっただろ・・・・・・じゃなくて、お前、彼女、いや、彼のこと判らないか?」 息子の髪をぐしゃぐしゃに掻き回しながら助け舟を出してやる。 「やめぇい!は?彼女?彼?」 「・・・・・・・・・・・・俺の弟だ」 ボソッと下から低い声が聞こえて、永久は思い出した。 「は?弟?え、真琴?!」 「ぴんぽーん!」 バタンと勢いよく扉を開けて、満面の笑みで姿を現した大翔の双子の弟、真琴。 「お兄ちゃんも起きるんでしょ?」 小さく身体を丸めていた大翔は、真琴に肩を揺さぶられ、更に身を固めて永久の袖にしがみついた。 まるで、この現状が夢であって欲しいと祈っているかのように・・・・・・ 「大翔?」 真琴が扉近くへ歩み寄り、部屋の明かりのスイッチを入れた。 パッと明るく照らし出された内装は・・・・・・ 「俺の・・・・・・部屋?」 壁には、有名な画家が描いた風景画が飾られ、部屋の隅には高そうな壷が鎮座している。 見慣れた部屋の中。 漸く大翔が身体を起こした。 ゆっくりと部屋の中を見回し、スッと眼を細めて弟に視線を固定する。 「お兄ちゃん!そんな恐い顔しないの!怒ってるみたいに見えるぅ!」 「怒ってんだよ、俺は!」 絶対零度の冷気を放ち、大翔は一瞬永久と視線を交わして彼の肩に手を置いて立ち上がった。 「いつ、俺達をココへ運んだんだよ?」 永久は小声でジャックに問いかける。 「瞬がベッドに・・・・・・なのに、お前ら床の上ってどゆうこと?」 ジャックも小声で応える。 「知らねぇよ!俺達、地下にいたはずだろ?」 「バッカ!お前覚えてねぇのかよ!」 小声で会話を繰り広げる親子をそのままに、大翔はずかずかと部屋を出て行く。 入口で兄の背中を無言で見送り、真琴が駆け寄って来た。 「ねぇ、お兄ちゃん、今ものすっごく緊張してなかった?」 ちょこんと膝を折って地べたに座り込み、ジャックを上目遣いで見上げる。 「緊張?何に?」 ジャックが首を捻る。 (・・・・・・大翔が緊張?) 先程一瞬だけ交わした大翔の視線を思い出す。 (ひょっとして・・・・・・) ジャックと真琴は顔を寄せ合って小声で話している。 永久は2人をそのままに、そっと部屋を抜け出した。 廊下に大翔の姿はない。 永久は迷うことなく大翔の部屋を目指して歩き出した。 途中、変な鼻歌を歌っていた瞬とすれ違い、ぎゅっと抱きつかれた。 随分興奮している様子だったが、今は話を聞いてやれる余裕がない。 後で絶対に聞いてやるからと、妙なテンションの瞬を引き剥がした。 「そういえば、さっき大翔くんとすれ違ったんだけど・・・・・・」 すれ違った大翔はきゅっと唇を引き締め、瞬と目が合うと一瞬ビクッと足を止めたらしい。 「部屋にいるからって言って、走って行っちゃって」 少し大袈裟に、大きな声でそう宣言したと言う。 「分かった分かった。瞬が心配してたぞって言っておくから」 ぽんっと瞬の肩に拳を軽く当て、永久は再び歩き出した。 (大翔・・・・・・お前・・・・・・)

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