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第9話 カクテル5p
「そうだっけ?」
「そうだよ。告白なかったし、そういえば、お前に好きとか言われたこともないよ」
言われて、日下部は、腕を組んでうーん、と唸った。
「それ言ったら、俺だってお前に告白されてないし、好きって言われたことないよ」
日下部の台詞に天谷が飲んでいたブラッディメアリーを吹き出した。
「俺たち、告白も無く、好きも言わずに、どうやって付き合ったんだろうな? 超おかしい、おかしすぎる! ウケる、はははっ!」
天谷は大声で笑う。
しかし、日下部の方は何を思ってか無表情でいる。
リアクションの無い日下部を見て、天谷は笑うのを止めた。
二人の間に沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは天谷だった。
「なぁ、日下部、今言ってよ」
「え、何を?」
「今、好きって言ってよ」
天谷は真っ直ぐに日下部を見つめる。
「なぁ、日下部、俺に好きって言ってよ、今……欲しいからっ……」
そう言って天谷は俯いた。
「え、あ、あの……天谷」
天谷と日下部の顔は赤い。
二人の心臓は動きを早めていた。
心臓の鼓動に逆らって、時の流れが止まってしまったように二人はしばらく動かなかった。
時を動かしたのは日下部の方だ。
「そ、そんなの、お前の方こそ言えよ!」
日下部から出た台詞に天谷は、顔をしかめて「なんで?」と言う。
「なんでって……えーっと、えっと、酔っているお前にそういうこと言っても、なんかアレだし、俺だって、お前に言ってもらってないし……」
日下部はしどろもどろだ。
「じゃあ、俺が言ったら日下部も言うわけ?」
天谷は睨みに凄みを効かせて言う。
「えっ、それはだなぁ、あ、また今度?」
「はぁ? 何言ってんだよ!」
「いや、だって、お前……急にこんな展開ついていけないよ!」
「はぁぁ? どう言うこと? お前、どう言うこと? ううっ、寿退社っ……」
「は? 寿退社? 天谷、お前こそどう言うこと?」
「知るか!」
(本当、なんだよ、これ、天谷、ヤバイな。もう飲ませない方がいい)
日下部は天谷のグラスを取ろうとする。
それを天谷は首を振って嫌がった。
天谷はグラスをしっかり掴んで離さない。
「取んなよ、バカ! 俺の物だぞ!」
「元々は俺の物だ、天谷、もうよせ!」
日下部は強引に天谷からグラスを奪おうとする。
「嫌だ、バカ、グラス離せよ!」
天谷が叫ぶ。
「お前が離せよ!」
日下部も叫ぶ。
二人はグラスを力いっぱい引っ張り合った。
そうしているうちに、どちらかが手を滑らせてグラスが吹き飛び、それは日下部に向かって落ちた。
グラスの中のブラッディメアリーが日下部に盛大にかかる。
「あっ」
「あっ」
二人の声が被さった。
グラスが床に落ちて割れる。
日下部は静かな動きで立ち上がると、天谷の肩に手を置いて、天谷も立たせて天谷をグラスから遠ざけた。
「大丈夫か?」
天谷は日下部の目を見たまま、大丈夫と、二度頷く。
日下部は笑って、よかったと言った。
「俺は大丈夫だけど、日下部は? 濡れたし、大丈夫?」
眉を下げている天谷に、日下部は「ああ、なんかベトベトするけど大丈夫だ。それにしても、ブラッディメアリーに濡れるのは人生で二回目だな」と、首を触りながら言った。
「は? 二回目?」
天谷の眉がさらに下がる。
「ん、二回目。一回目は中学の時、学校の屋上で、綾が俺からブラッディメアリーの入った水筒を取ろうとして手を滑らせて……」
「あや?」
「綾はさ、中学の時の同じクラスの女子でさ。綺麗な顔をしてて、少し変わったやつで、クラスじゃ浮いた存在で、女子たちには嫌われてたみたいだけどさ、でも、俺はさ、好きだったな」
そう言って日下部は、微笑んだ。
その笑顔を見て、天谷は日下部に掴みかかった。
「おい、急になにするんだよ、天谷!」
「うるさい!」
「なんだよ! なにをそんなに怒って、くっ、手……離せっ」
天谷にTシャツの襟元を両手で思い切り捕まれ、首が絞まった状態の日下部は息が思うように出来ない。
日下部は天谷に襟元を掴まれたまま、壁側まで追い詰められた。
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