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第10話 カクテル6p

 天谷は日下部を思い切り壁に押し付けると、日下部の首筋に噛み付ついた。 「痛っ! 天谷っ!」  噛み付かれた痛みで日下部の顔が歪む。  天谷は日下部に噛み付いたまま、日下部の首筋についたブラッディメアリーを吸う。  天谷はまるで吸血鬼にでもなったかのようだ。 「うっ」  日下部は天谷を引き離そうと天谷の肩を押すが、天谷の日下部を抑え込む力は強く、日下部は、無力に天谷のされるがままだ。  天谷は一旦唇を離すと、別の場所に噛み付く。  天谷は、今度は多少、優しく噛んだ。 「ん、なんでっ……」  日下部はすっかりパニックになっていた。  天谷はどうしてしまったのか、日下部には天谷の行動が全く理解できなかった。  日が落ち始め、部屋はいつのまにか薄暗くなっていた。  天谷が唇を離す。  その瞬間に、日下部は天谷の肩を押した。  天谷はよろめいて日下部から離れた。 「天谷、お前、いい加減に……し……ろ……」  日下部は天谷を怒鳴り付けようとして、やめた。  天谷の瞳から涙が落ちていたからだった。 「天谷、お前……」  天谷は固く唇を結んで泣いていた。  天谷の手は強く握られている。  涙が出る事を堪えようとしている、そう見えた。  日下部が何か言おうと口を開くと、天谷は素早く日下部にすがりつき、また日下部の首筋に噛み付いた。  強く、優しく、天谷は日下部を噛んだ。  日下部の体から力が抜けていく。  日下部はもう抵抗をしなかった。  暗い部屋の中で、狭いソファーで毛布にくるまり寝息を立てている天谷の姿を日下部はウォッカをちびりちびりと飲みながら眺めていた。  日下部は底の知れない罪悪感を感じていた。  日下部は首筋に手を当てる。  ジンジンと痛む首筋を日下部は撫でた。  天谷の顔を、綾弓蝶が見下ろしている。  綾の長い髪が天谷の顔にかかる。  綾は、天谷の涙の跡を確かめると、日下部の方を見て微笑を浮かべる。 『日下部くん、悪い子ね』  そう囁いて、綾は消えた。  終

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