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第11話 天谷雨喬の人間関係1p
木造二階建ての安アパート、カーサコミヤの201号室に、眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
天谷 雨喬 はガンガンと痛む頭を抑えながら目を覚ました。
横になっていたソファーから滑り落ちた天谷は、手探りでテーブルに置いてあったメガネをかけてあたりを見回す。
天谷は自分が今いるのが日下部のアパートの部屋だと気付く。
(あれ? 俺、日下部のうちに泊まったんだっけ?)
天谷は記憶を思い出そうとする。
昨日は日下部のアパートを訪ねて、日下部にトマトジュースを勧められて、それを飲んで、学園ドラマ、学園キャパシティの再放送を日下部と観て……それ以外に何も覚えていない。
思い出そうとすると酷く頭が痛む。
「おはよう、天谷」
日下部の声がする。
声のする方に天谷が目を向けると、台所に立った日下部がフライパンを片手に、細い目をより細めて天谷を見ていた。
日下部 光平 。
天谷より少し背の低い、少し日に焼けたこの男と天谷は、高校を卒業してから、何故だか付き合っている。
その付き合いは、一応、友達以上の付き合いというやつだ。
「日下部、おはよう」
しわ枯れた声で天谷は言う。
風邪でも引いたかと天谷は喉を抑えた。
「天谷、あの、昨日のことなんだけど、俺、なんていうか、ごめん、お前があんな風になるなんて」
日下部はフライパンをコンロに置いて頭を天谷に下げた。
「え、何謝ってんの? 昨日、何かあった? 俺、実は昨日の記憶が曖昧でさ、お前、俺に謝るようなこと、何かしたわけ?」
「えっ、お前、昨日のアレ、覚えてないの?」
日下部は目を見開く。
「うん、覚えてない。なんだよ、昨日、何があったんだよ」
「……覚えてないなら、その方が幸せかもな。昨日は何にもなかったよ」
そう言って日下部は、はははっ、と乾いた笑い声を上げた。
「え、なんだよ、それ、気になるだろ、教えろ!」
天谷は日下部に近付いた。
そして、日下部の首に大量に絆創膏が貼ってあることに気づく。
「お前、何その絆創膏?」
言われて日下部は青ざめた顔をして首を抑えた。
「こ、これは、その、そう! 昨日、狂犬に首を噛まれてだな、それで、その傷を隠すために貼ってるんだよ! だから、お前は全く気にするな!」
「狂犬って……何故だかとっても不愉快な気分がするんだけども」
「い、いいから飯にしよう、これから学校あるだろ、飯食ったら学校行くぞ!」
天谷と日下部はアパートを出て二人並んで大学までの道のりを歩いていた。
近道に選んだ住宅に挟まれた細い道は二人で並んで歩くには少し狭かった。
「またギリギリに出てきちゃったな。講義、間に合うかな」
「大丈夫だって、心配性が過ぎるんだよ、天谷は」
「お前はもう少し心配性になったらいいんじゃないの? 首、大丈夫なのか? 犬に噛まれるとか、病院行った方がいいんじゃね? 化膿したらどうすんだよ?」
「俺の首のことはいいから! 今後一切、俺の首のことはいいから!」
日下部は首を両手で押さえ、焦って言う。
「日下部、お前、それ、本当に犬に噛まれたの?」
「は? いや、えーっとぉ」
「昨日、お前に一体何があったんだよ?」
日下部の目が宙を泳ぐ。
昨日、日下部に一体何があったのか。
天谷に知る由はなかった。
「よっ! お二人さん、何ノロノロ歩いてんの? 遅刻しちゃうぞー!」
二人の背中から突然そう声を掛け、二人の肩を押したのは、声から察するに……
「ビックリした、小宮、おどかすなよ!」
日下部が振り返って小宮をど突いた。
小宮一二三 。
チャラチャラした風のこの男は天谷、日下部と学部は違うが、同じ大学の一年生だ。
小宮は天谷と日下部とは高校からの付き合いで、日下部と小宮とは中学からの付き合いだった。
ちなみに、小宮は天谷と日下部の関係については知らない。
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