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第54話 天谷、日下部、小宮の高校時代22p
声の主は天谷だった。
「ちょ、お前、そんな風に言ったら余計に泣くだろ!」
そう言う日下部を無視して天谷は女の子の前まで近づくと、しゃがみ込んで女の子の顔を見た。
女の子の方も天谷の顔を見ている。
天谷を見る女の子の顔は驚いたような表情が浮かんでいた。
女の子の口から、はぁ、っとため息が漏れた。
天谷は女の子をキッと睨む。
「泣く子は嫌われるぞ」
そう言うと、天谷は女の子のおでこを指先でそっと押した。
そして、その手を女の子の頭に載せると乱暴に髪を掻きまわした。
女の子は何とも言えない様な顔をする。
そんな女の子の顔を見て、天谷は、「なにその顔、変な顔」と言うと、くすりと笑った。
その天谷の笑顔に女の子は目を見開く。
日下部も天谷の笑顔にハッとした。
日下部はとても珍しい物を見た気分だった。
夢でも見ているような顔で日下部は天谷を見た。
それは女の子も同じだった。
日下部も女の子もつまるところ天谷に見とれたのだが、本人たちはそのことに気付いていなかった。
女の子は、少しの間天谷の顔を見ていてたが、やがて、手で涙を拭くと、天谷に両腕を差し出して「抱っこ」と赤い顔で言った。
その光景を見て日下部は驚いた。
(あのガキを手なずけた? たいした女だぜ、魔女か、あいつは?)
日下部は天谷にすっかり感心していた。
天谷は仕方ないなと女の子を抱き上げた。
その瞬間、天谷は顔を歪めて「痛い!」と声を上げる。
「どうした」
日下部が訊くと天谷は「腕が痛くて」と答えた。
「腕? あ、もしかして、さっき俺があんたの腕を掴んだ時に痛めたのかも……俺のせいだな」
日下部は申し訳なさそうにそう言う。
「いや、腕は多分窓から飛び降りた時に捻ったんだと思う。君のせいじゃないよ」
「はぁ、窓から飛び降りただって? あんたは一体どういうやつだよ」
呆れる日下部に天谷はけろりとして、「どうって、君に比べたら普通だと思うけど」と答えた。
「どういう意味だよ」と日下部が言うと、「さっき、予備室で……」と顔を赤くして天谷が言う。
「いや、だから、あれはアクシデントで、わざとじゃないから」
「そうなのか?」
「決まってるだろ!」
「そう……だよな。うん、分かった」
「お、おい、そのことは置いておいて、その子かせよ、俺が抱くから。その腕じゃ無理だろ」
日下部がそう言うと、女の子は天谷に縋りついて、天谷から離れないぞと言う意思を日下部に見せつける。
「ダメだぞ、こっちにおいで。そいつは怪我してるから抱っこは無理だよ」
日下部が優しく言って聞かせるが、女の子は激しく首を振り「嫌、お姉さんがいい!」の一点張りを通した。
お姉さんと呼ばれた天谷は苦笑いをしていた。
「お姉さんか、ははっ……。良い子にしてたらこのまま抱っこしててあげる」
天谷が言うと、女の子は、うん、と頷いた。
「このまま抱いてインフォメーションまで連れてくよ」
天谷が言うと日下部は心配そうに「腕、大丈夫なのかよ」と言った。
「こんなの、何てことないよ。行こう」
「あんたがそう言うならわかったよ。でも、辛かったら言えよ」
「うん」
日下部と天谷は女の子を連れてインフォメーションを目指した。
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