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第63話 スリーピーホロウ6p
「と、とにかく、帰るから」
天谷は立ち上がり、スケッチブックを鞄にしまう。
日下部も立ち上がる。
「おい、天谷、お前は何をそんなにムキになってんの?」
日下部に言われて、天谷はムキになった顔をして、「は? ムキになってなんか無いし。初めっから泊まらないって言ったじゃん」と言った。
「そこがムキになってるっての。つか、お前、首なし騎士が俺の首を狙ってるとか脅しといて帰る気かよ。無責任!」
「何だよ、それ。お前、まさか、首なし騎士にビビってるのかよ?」
天谷は面白そうな顔をして日下部を見る。
そんな天谷を、日下部は嫌そうに見返す。
「い、いや、そそそ、そんな訳無いだろ! ただ、お前には首なし騎士が本当に来るかどうかここで見守る義務があるだろうが!」
日下部は何故か天谷からの視線から逃れて目を泳がせている。
この様子だと、日下部がスリーピーホロウの伝説のことを気にしていることは明白のように天谷には思えた。
「そんな義務あるか! 一人でビビってろよ! このチキン男が! 俺は帰る!」
天谷は持ち物全部を鞄に詰め込むと玄関口へと歩きだした。
その天谷の後を日下部がついてくる。
「本当に帰る気かよ」
「くどいぞ、日下部、俺は……」
雷が落ちた。
そして、部屋の明かりが一瞬暗くなる。
明かりがついた時、天谷は日下部の方へ、身を寄せていた。
「あっ」
天谷は直ぐに日下部から離れた。
咄嗟に日下部の方へ自分の体が動いてしまったことに天谷は戸惑う。
「雷、凄いな」
日下部が何事も無かったかのように開け放たれた襖から部屋のカーテンの下りた窓の方を見て言う。
「うん」
「……なぁ、お前、俺のこと、チキン男とか随分なこと言ったじゃねーか。俺、わりとグラスハートなんだが」
日下部が、沈んだ声でそう言った。
「な、何だよ、そんなの……冗談だし」
日下部は何で、今、そんな話をするのだろうと天谷は思ったが、天谷はそれを日下部には訊かない。
「冗談かよ」
「冗談だよ」
「じゃあ、冗談ついでに泊って行けよ」
そう言って、日下部は天谷の頭にそっと手を乗せると、天谷の髪を掻きまわした。
天谷は目を瞑ってされるがままになる。
いつもは嫌だというのに、それが出来ない。
なぜ?
その理由を天谷は考えることを、もう止めた。
「夕飯、チキンカレー作るから、お前も手伝えよ」
日下部にそう言われて、天谷は目を閉じたまま、「うん」と答えていた。
雷の音が遠くで響く。
その音を、天谷は忌々しいと思った。
日下部と一緒にカレーを作って、それをテレビを観ながら食べて、二人で洗い物をして、その後、並んでソファーに座ってまたテレビを観て。
テレビに飽きると、天谷は本を読んで、日下部はテレビゲームをして、それぞれ過ごした。
こうして二人で過ごすうちに時間は夜の十二時を過ぎた。
今、天谷は先に入浴を済ませた日下部と入れ替わりに浴室の狭い浴槽に浸かり、体を温めていた。
浴室には湯気が立ち込めている。
今日は雨のせいか、肌寒い。
天谷はお湯をすくって、顔にかけた。
顔にかかったお湯の温かさに天谷は、ほっと息をつく。
(はぁ、俺って意志が弱いよな。結局、泊まってしまった)
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