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第62話 スリーピーホロウ5p
日下部が叫んだその時、大きな閃光が窓の外に光った。
そして、轟くような雷の落ちる音が響いた。
日下部は痛いくらいに首をひねって窓を見た。
窓の景色は土砂降りの雨だった。
窓を見たまま呆けている日下部に、天谷は忍び笑いを含ませてゆっくりと近づく。
そして、無防備の日下部の首に両手を伸ばす。
「日下部、今夜、お前の首を狙って首なし騎士がやって来る」
日下部の耳元でそう囁いて天谷は日下部の首を軽く絞めた。
「ぐぇっ! 首、くすぐったい。ちょ、止めろ、このサイコパス! スリーピーホロウなんてアメリカの伝説だろ。日本人の俺に関係あるかよ! そもそも、そんな下らない伝説、実際に起こるわけがないだろ!」
日下部がそう言うと、ひときわ明るい閃光が窓の外を走り、割れるような雷の音が響いた。
天谷は窓を見てから日下部の首から手を離すと、不気味な声色で、「スリーピーホロウの伝説を笑うものはすべからく呪われるんだぜ。日下部、今夜は覚悟するんだな」と意地悪な笑みを浮かべて言った。
「うるせーよ! 俺は信じないからな!」
そう言う日下部をあざ笑うかのように、また雷が光る。
日下部は、舌打ちをすると立ち上がり、カーテンを乱暴に閉じる。
そして、テーブルの前に、どかりと座り、コーヒーを一気で飲み干し、むくれた顔でスケッチブックを広げた。
「そうむくれるなよ、日下部。ほんの冗談だろ」
「お前は、そのほんの冗談を随分と楽しんでいたじゃねーか」
「ごめん。お前が俺の絵のこと、グロイとか言うから、ついさぁー」
「それを言うならお前だって俺のパンの絵のことバカにしたろ」
「別に、バカにしたつもりは無いけど」
「けっ、どうだか。……ほら、お前はさっさとサンドイッチを食っちまえよ。片付けられねーだろ」
天谷の皿に残ったサンドイッチに視線を向けて日下部が言う。
天谷は残りのサンドイッチを口に押し込む。
「バカ、そんなにいっぺんに口に入れてどうするんだよ! 喉に詰まらせても知らねーぞ!」
日下部が言う。
「子供じゃないんだからそんな心配するなよ」
「天谷は子供みたいなもんだろ」
「何だよ、それ!」
天谷と日下部は、ああだこうだと言い合いながら休憩時間を過ごして、また課題に取り組んだ。
「なぁ、天谷、スリーピーホロウの伝説って本当にあると思うか?」
鉛筆の線を擦りながら日下部が訊く。
「え、急にどうしたんだよ。お前、さっきただの伝説だって言ってただろ?」
鉛筆を置き、天谷は日下部の顔を見る。
「まさか、怖くなったとか?」
天谷が訊くと、日下部は、「そ、そんなことあるわけないだろ!」とハッキリ過ぎるくらいにハッキリと言った。
「もういいよ。ただ訊いただけだから」
天谷はふぅーん、と言ってまた課題を始めた。
日下部も、もうそれ以上スリーピーホロウの伝説の話はせずに課題に集中した。
時間はあっという間に過ぎて窓の景色が夕闇に包まれていた。
「日下部、俺、そろそろ帰ろうかな」
天谷は部屋の時計の針を見ながら言う。
時計の針は午後五時四十分を回っている。
「帰るって、この雨だぜ。大丈夫かよ」
雨は激しい音を立てて降っている。
今外に出たら傘を差しても濡れるだろう。
「大丈夫だよ。日下部、傘かしてくれない?」
「泊って行けよ」
「え、でも」
「明日は日曜日だし泊まるにはちょうどいいじゃん。お前、絵、まだ仕上がって無いだろ。今日、泊って、明日またうちで描けばいいじゃん。どうせ明日も来る気だったんだろ?」
「それはそうだけど、でも……」
「何だよ、何か泊まれない理由でもある訳?」
「そ、それは」
天谷には理由がある。
しかし、それは日下部には言うことは出来ない。
もし、日下部がその理由を知ったら彼はどうするだろうと天谷は考える。
下らないと笑うだろうか?
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