63 / 245

第62話 スリーピーホロウ5p

 日下部が叫んだその時、大きな閃光が窓の外に光った。  そして、轟くような雷の落ちる音が響いた。  日下部は痛いくらいに首をひねって窓を見た。  窓の景色は土砂降りの雨だった。  窓を見たまま呆けている日下部に、天谷は忍び笑いを含ませてゆっくりと近づく。  そして、無防備の日下部の首に両手を伸ばす。 「日下部、今夜、お前の首を狙って首なし騎士がやって来る」  日下部の耳元でそう囁いて天谷は日下部の首を軽く絞めた。 「ぐぇっ! 首、くすぐったい。ちょ、止めろ、このサイコパス! スリーピーホロウなんてアメリカの伝説だろ。日本人の俺に関係あるかよ! そもそも、そんな下らない伝説、実際に起こるわけがないだろ!」  日下部がそう言うと、ひときわ明るい閃光が窓の外を走り、割れるような雷の音が響いた。  天谷は窓を見てから日下部の首から手を離すと、不気味な声色で、「スリーピーホロウの伝説を笑うものはすべからく呪われるんだぜ。日下部、今夜は覚悟するんだな」と意地悪な笑みを浮かべて言った。 「うるせーよ! 俺は信じないからな!」  そう言う日下部をあざ笑うかのように、また雷が光る。  日下部は、舌打ちをすると立ち上がり、カーテンを乱暴に閉じる。  そして、テーブルの前に、どかりと座り、コーヒーを一気で飲み干し、むくれた顔でスケッチブックを広げた。 「そうむくれるなよ、日下部。ほんの冗談だろ」 「お前は、そのほんの冗談を随分と楽しんでいたじゃねーか」 「ごめん。お前が俺の絵のこと、グロイとか言うから、ついさぁー」 「それを言うならお前だって俺のパンの絵のことバカにしたろ」 「別に、バカにしたつもりは無いけど」 「けっ、どうだか。……ほら、お前はさっさとサンドイッチを食っちまえよ。片付けられねーだろ」  天谷の皿に残ったサンドイッチに視線を向けて日下部が言う。  天谷は残りのサンドイッチを口に押し込む。 「バカ、そんなにいっぺんに口に入れてどうするんだよ! 喉に詰まらせても知らねーぞ!」  日下部が言う。 「子供じゃないんだからそんな心配するなよ」 「天谷は子供みたいなもんだろ」 「何だよ、それ!」  天谷と日下部は、ああだこうだと言い合いながら休憩時間を過ごして、また課題に取り組んだ。 「なぁ、天谷、スリーピーホロウの伝説って本当にあると思うか?」  鉛筆の線を擦りながら日下部が訊く。 「え、急にどうしたんだよ。お前、さっきただの伝説だって言ってただろ?」  鉛筆を置き、天谷は日下部の顔を見る。 「まさか、怖くなったとか?」  天谷が訊くと、日下部は、「そ、そんなことあるわけないだろ!」とハッキリ過ぎるくらいにハッキリと言った。 「もういいよ。ただ訊いただけだから」 天谷はふぅーん、と言ってまた課題を始めた。 日下部も、もうそれ以上スリーピーホロウの伝説の話はせずに課題に集中した。  時間はあっという間に過ぎて窓の景色が夕闇に包まれていた。 「日下部、俺、そろそろ帰ろうかな」  天谷は部屋の時計の針を見ながら言う。  時計の針は午後五時四十分を回っている。 「帰るって、この雨だぜ。大丈夫かよ」  雨は激しい音を立てて降っている。  今外に出たら傘を差しても濡れるだろう。 「大丈夫だよ。日下部、傘かしてくれない?」 「泊って行けよ」 「え、でも」 「明日は日曜日だし泊まるにはちょうどいいじゃん。お前、絵、まだ仕上がって無いだろ。今日、泊って、明日またうちで描けばいいじゃん。どうせ明日も来る気だったんだろ?」 「それはそうだけど、でも……」 「何だよ、何か泊まれない理由でもある訳?」 「そ、それは」  天谷には理由がある。  しかし、それは日下部には言うことは出来ない。  もし、日下部がその理由を知ったら彼はどうするだろうと天谷は考える。  下らないと笑うだろうか?

ともだちにシェアしよう!