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第61話 スリーピーホロウ4p
「そう言えば、日下部は何を描いているんだ?」
天谷が口いっぱいにサンドイッチをほおばりながら日下部に訊いた。
「ん、何って、パン」
マグカップを持ちあげてコーヒーに口を付けながら日下部が真顔で言う。
「は、パン?」
天谷の目が点になる。
「うん、食パン」
当たり前のことを言うようにそう言う日下部に、天谷は手にしているサンドイッチを皿に戻して、「ははっ、冗談だろ?」と、床の上に置かれた日下部のスケッチブックを取ってページをめくった。
そして、一番新しいページに目を落とす。
そこに描かれた物を見て、天谷は、うっ、と唸った。
スケッチブックのページいっぱいに巨大な一斤の食パンが描かれている。
それは、まだ、未完成であるが実に良く描けていた。
食パンのふわりとした感じが鉛筆で、薄い柔らかい線で表現されている。
ちぎれたパンの端からは中の弾力のある生地が覗いている。
その生地の部分はとても細かく描写されていた。
パンは出来たてなのであろう、湯気でも浮かびそうだった。
天谷はスケッチブックから顔を上げて神妙な面持ちを日下部に向けた。
「何だよ、その顔は?」
日下部が言うと、天谷は「上手いけど、何で食パン何だよ。課題って頭の中に浮かんだ物を絵に描く、だろ?」と言って、スケッチブックを床の上に置く。
「食パンが頭に浮かんだから描いたんだよ。何か文句があるのかよ?」
日下部は天谷を睨んでそう言う。
そんな日下部の視線を、天谷は鬱陶し気に見返す。
「文句は無いが、日下部、頭の中に食パンが浮かんだとしても課題に描くか? 一生懸命に描いているから何かと思ったらパンかよ」
「何だよ、何を描こうと俺の勝手だろ。先生にも食パンを描いちゃダメとか言われてないし。俺の頭の中の食パンは誰にも否定できないぜ!」
そう熱っぽく言う日下部に天谷は心底呆れる。
「頭の中の食パンって何だよ。お前の頭の中は気楽でいいな」
嫌味を利かせた天谷の台詞を聞いた日下部は面白く無さそうだった。
「はーん、じゃあ、天谷先生はどんな頭の中なんだろうなぁ?」
そう言うと、日下部は天谷のスケッチブックに手を伸ばした。
「あ、お前、勝手に!」
天谷がそう言うより先に日下部は天谷のスケッチブックを手中に収めると、開かれたページを見る。
そして、日下部は驚愕の表情を浮かべる。
「な、何だよ、これ……」
天谷の、その絵は全体的に黒かった。
黒い馬に、黒い甲冑を身に着けた騎士が跨っている。
その足元で、黒い服を着た若い娘が哀れな表情を浮かべて騎士の方に手を伸ばしている。
簡単に言えば、そう言う絵だが、詳しく説明すれば、騎士には首が無かった。
騎士は片方の手で馬の手綱を、もう片方の手に、白い顔の男の生首を掴んでいる。
場面は夜の森で、荒れ狂う木々の姿が嵐の当来を予感させる。
この絵で目を見張るのは黒い騎士と、騎士の持つ生首で、生首は首の切断面から骨や肉が力強いタッチで生々しく描かれていた。
「お前、これ、何?」
日下部が青ざめた顔で天谷に訊く。
訊かれて天谷はやれやれ、と言う顔をして、「スリーピーホロウだよ」と答えた。
「スリーピーホロウ?」
「知らないのか? アメリカに伝わる首なし騎士の伝説だよ」
「あー、何か聞いたことある気がするけど……それで、何でお前はスリーピーホロウを描いてんの?」
「それは、頭に浮かんだからだろ」
「え?」
「いやぁ、ビックリするくらいにビビット来たんだよ。神が下りて来たって言うの? 頭の中にスリーピーホロウの場面がはっきりと浮かんでさ。これは描かねば、と思って」
「はぁーっ? お前、怖いよ! お前の方こそどんな頭の中してんだよ! こんなグロイ絵が頭の中に浮かぶって、お前はサイコパスか何かかよ!」
日下部はだいぶ引いた様子だ。
「はぁ? 日下部、サイコパスって何だよそれ! 俺とスリーピーホロウをバカにすると、お前、地獄を見るぞ!」
「見るか! アホ!」
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