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第65話 スリーピーホロウ8p

「日下部、もう寝たのか?」  天谷がそう言ってみても日下部からの返事は無かった。  日下部は口を開けて眠っている。  日下部は、眉の間に濃い皺を刻みながら、時折「ううっ」と、うめき声を漏らしている。  天谷はそんな日下部の様子を見て、少し迷ってからベッドの横に腰を下ろした。  直ぐ真横に日下部の顔がある。  日下部の瞼はしっかり閉じていて、目を覚ましそうな気配は見えなかった。  それを、どこか恨めしく思っている自分に気付いて天谷はドキリとした。  天谷はふぅっ、と息を漏らすと、立ち上がり、部屋の明かりを消して、ソファーの前にあるテーブルに眼鏡を置いて、狭いソファーに猫のように身を丸くして目を閉じた。  目を閉じても、天谷に眠りは訪れなかった。  眠れない天谷の頭の中には日下部のことが浮かぶ。  昨日、大学で偶然、日下部が女子から告白を受けているのを天谷は目撃してしまった。  校舎裏にある桜の木の下で、一人で本を読もうと行ったら、たまたま告白の現場に遭遇してしまったのだ。  天谷が本を読もうと思っていた桜の木の下に、日下部と見知らぬ女子が二人でいた。  天谷はとっさに校舎の陰に隠れた。  日下部に、もじもじしながら好きだと告白したのは可愛らしい子だった。  日下部が、その告白にどう答えたのかは、天谷は知らない。  日下部の返事を聞く前に天谷はその場を立ち去ったからだ。  そうしたのは、盗み見た罪悪感と日下部の返事を聞きたくなかったから。 (もし、俺が、日下部に好きだとか言ったら日下部はどうするんだろう……。好きも言わずに付き合ってるって、俺達、やっぱりどっか違うのかな)  天谷はぼんやりとそんなことを考えた。 (日下部、やっぱり、俺達は……)  天谷の気持ちがどんどん沈んでいく。  天谷は勢いよく目を開いた。 (何をナーバスになってんだ。水でも飲んで頭を冷やそう)  天谷は起き上がり、床に足を下ろす。  そして立ち上がろうとしたその時、天谷の耳に日下部の声が聞こえた。 「ううぅ」  苦しそうなその声に、天谷は日下部の眠るベッドへ足を進めた。  これは、日下部の見る夢の中。  日下部は一人、雨の降る暗い森の中をさ迷っている。  なぜ、そうしているのか、それは、日下部自身にも分からない。  森は深く、歩けど歩けど終わりは見えなかった。    自分はこのままこの森の中で死ぬのだと日下部は思った。  そう、誰にも知られず、この森で一人で死ぬのだ。  それも良いと、日下部は歩くのを止めた。    しばらく森の中でたたずんでいると、どこからか馬の嘶く声と馬が駆ける音が聞こえた。  その音はだんだんと日下部の方へ近づいてくる。  日下部はその場を動かずに、それを待った。  雨はいつの間にか激しくなり、日下部の衣服を重くした。    それはついに日下部の前に現れた。  森の草木を蹂躙し、黒煙を纏って現れたそれは黒い馬にまたがった黒い甲冑を身に着けた騎士であった。  騎士の甲冑は血に汚れていた。  日下部は騎士を見つめる。 (ああ、騎士にはやはり、首が無い)  そう、騎士には首が無い。  スリーピーホロウの伝説の首なし騎士に違いなかった。  騎士の両手には人が片手に一人ずつ髪を掴まれて吊るされていた。

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