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第73話 スリーピーホロウ15p
「最低!」
力を込めて天谷はそう言った。
「何だよそれ、最低呼ばわりするほど怒るかよ?」
日下部は顔を顰める。
「怒るだろ、普通! このばか!」
天谷に言われて日下部はため息を吐く。
「お前、自分から誘っておいて迫られて怒るってどういうやつよ」
「はぁ? 誘うって何が? ある訳ねーだろ、ばか! ちょっと優しくしてやれば調子に乗りやがって!」
「今、乗ってるのは、お前の上だっての! 甘い顔して一緒に寝るだの、好きにしていいだの、誘いまくってたじゃねーか、このバカ! どっからその台詞は出てくるんだよ。あのなぁ、天谷先生。お前が天然じゃ無かったら十分すぎるほど誘ってるっていうの!」
「なっ……甘い顔なんてしてないし……」
言われて天谷は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
このままだと恥ずかしがっていることを、きっと、日下部に気付かれる。
これ以上日下部にみっともない所を見られたくない。
自分の気持ちも何もかもを誤魔化したくて、天谷は口を動かした。
「てか、て、天然ってなんだよっ。つうか、お前、随分と元気じゃん。もう一人で寝れんじゃねーの?」
「お陰様でな。でも、一人で寝るのは無理だから」
「何でだよ」
「何でって……お前から一緒に寝るって言って来たんだろ」
「は? それは、お前が怖い夢に怯えちまってたからだろ。生まれたての子ヤギのごとく震えてたじゃねーか! だから仕方なく寝てやったんだよ!」
「はぁーっ? そこまでビビってねぇっての! お前の方こそ、一人で寝るのが寂しくて、俺と一緒に寝たかったんじゃねーのぉ? つーか、お前、言葉遣いには気を付けろよ。寝てやったんだよって言い方、この状況でどうなの?」
「なっ、言葉遣い何か知るかボケ! つか、誰がお前なんかと寝たがるか! お前みたいに誰これ構わず一緒に寝れる人間と一緒にするなよ!」
「は? 何だよそれ、俺がいつ、誰これ構わず一緒に寝たよ? お前、見たことある訳?」
「な、無いけど……。で、でも、お前、高校の時も色んな女子と付き合ってたみたいだし、今だって学校で告白されたりしてんじゃん。昨日も告白されてたし」
「昨日って、天谷……」
「この間も、付き合いで合コン行ったし……。だから……だから、別に、俺じゃなくてもいいじゃん。気まぐれで一緒にいてくれるだけなら、別に、俺じゃなくてもいいじゃん……」
天谷の声が落ちていく。
みっともない、と天谷は思う。
こんな自分はみっともない。
見られたくない。
「……とにかく、俺、お前と寝るから」
日下部が言う。
「何……んで……」
天谷の声は途切れ途切れだった。
「お前が泣いてるからだよ」
そう言って日下部は天谷の涙を指先で拭う。
「からかってごめん。もう、何もしないから側にいて」
甘く囁かれる。
天谷は思う。
側にいるだけなら、昨日、日下部に告白してたあの子でもいいはず。
嵐でも、榎本でも、他の誰かが……。
自分じゃなくても良いはず。
でも……
「側にいて」
そう言われたら天谷は抗えない。
天谷はそっと頷く。
日下部が優しく笑う。
それが嬉しくて、でも、それを知られたくなくて、わざと不機嫌な顔を天谷はする。
日下部の顔が首筋に埋もれる。
日下部の黒い髪が頬をくすぐる。
日下部の手が天谷の髪をかき混ぜる。
深く沈みそうな意識の上で、日下部の声がする。
「おやすみ、天谷」
言われても返事はしてやらない。
まだ残る胸の痛みの当てつけのように天谷は日下部の首に指の先を引っかけた。
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