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第124話 テノヒラノユキヲ見ㇽ日9p
ラーメンを待つ間、二人は店の中に広がる小さな宇宙をぼんやりと眺めた。
「なぁ、日下部って星、好き?」
天谷が訊くと、日下部は、「ああ、好きだよ。だからと言って、星座に詳しい訳では無いんだが」と答える。
「俺も。オリオン座くらいしかわからない」と、天谷が言う。
「俺もオリオン座くらいしかわからないな、でも、ああ、えーっと。なんだっけ、アレ、夏のなんちゃら」
日下部は額に人差し指を当てて考えた。
しかし、日下部は言葉が出ずに唸り声を漏らす。
天谷も、「ああ、何だっけ、それ」と考えて額に人差し指を当てる。
そうしているうちに、二人は閃いて、声を合わせて「夏の大三角形」と言った。
その声が店に響いて、他の客達の注目を浴びてしまった。
見知らぬ人達にジロジロ見られて、天谷は赤面する。
一方、日下部の方は何てことない風だ。
このタイミングで注文していたラーメンと餃子が、店員の、「お待たせしました」の囁き声と共にカウンターの上に置かて、天谷はもじもじしてしまう。
「そんなに恥ずかしがるなよ、何か、見てるこっちが恥かしい」
日下部が天谷の耳元で囁くと、天谷は、くすぐったそうに、「だって」と言う。
「ほら、熱いうちに食べようぜ」
日下部が割り箸を箸入れから取って天谷の手に握らせる。
そうして、日下部は「頂きます」と言うと、ラーメンを先に食べ始めた。
「くはぁ、美味い。五臓六腑に染みわたる」
そう言う日下部を、天谷は横目で見ると、オーバーだな、と思いながら「頂きます」と呟いて割り箸を割った。
天谷がどんぶりに顔を近づけると眼鏡が湯気で曇ってしまった。
それを見た日下部が、「お前、何やってんの」と笑う。
天谷は頬を膨らませて眼鏡を外し、カウンターの上に置いた。
そして、さあ、ラーメンを食べようと、首を下げる。
すると、日下部が天谷の顔に手を伸ばした。
それにビックリした天谷が顔を上げる。
日下部の手は、天谷の前髪に触れた。
「ほら、前髪、邪魔だろ」
日下部は天谷の前髪をかき分けて、天谷の耳にかけてやる。
「これで大丈夫だろ」
日下部の手が離れた。
「ありがと」
天谷は恥ずかしそうに短くそう言ってから、ちゅるり、と音を立ててラーメンを啜った。
ラーメンを口に入れた瞬間、天谷は目を丸くする。
日下部が「美味いだろ」と訊くと、天谷はラーメンを啜りながらコクリコクリと頷いた。
そんな天谷を見て、日下部は満足気だ。
「なぁ、天谷お前の、少し頂戴」
日下部の、この台詞に天谷の箸が止まった。
明らかに戸惑っている風の天谷に気付いて、日下部は、あっ、と声を漏らした。
「そう言えば、お前、回し飲みとかできないやつだったよな。忘れてた。嫌だよな、食べてる物、人にあげるとか」
日下部の言う通り、天谷は自分が食べている途中の物を誰かに食べさせてあげるという行為が苦手だった。
一端、他の誰かが口を付けた物をまた自分が食べるということが、天谷には出来ない。
人が手を付けた物を食べることも出来ない。
それが、天谷には、何だか汚い行為に思えるのだった。
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