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第245話 初旅10p

 日下部は滑らかな天谷の首に自分の頬を擦り付けた。  そんな事をされて天谷は胸が苦しくて、呼吸の仕方さえ良くわからなくなってしまう。 (こんなの、凄く恥ずかしいくて嫌なのに……)  ずっと会えなくて、やっと会えて嬉しい。  日下部のその一言が嬉しくて、天谷は拒めない。  だって、天谷も同じ気持ちだった。  日下部に会いたいのに会えなくて、ずっと寂しかった。  日下部に会えて嬉しかった。  日下部が同じ気持ちでいてくれて嬉しかった。 (こんな時、どうしたら良いんだろう。何を言えば良いんだろう。皆んなはどうしてるんだろう)  躊躇う天谷の気持ちを知ってか知らずか、日下部は天谷にじゃれるように体を天谷に擦り付けて来る。  日下部の体が揺れる度に天谷は小さな吐息を漏らす。 「ふっ。ん、日下部っ」  天谷を抱きしめる日下部の腕が離れる。  抱擁から解放されて一安心かと思えば日下部の両手が天谷の頬をそっと包んだ。 「天谷……」  そのままジッと見つめられて天谷は思わず目を瞑った。  暗闇の中で、柔らかな物が天谷のおでこに触れる。  目を開けばその正体が知れるのに、それを知るのが怖くて天谷は目を閉じたままにした。  柔らかなそれは、今度は天谷のほっぺたに落ち、そして今度は耳元をくすぐる。  そのまま熱い抱擁が再び始まる。  日下部の手は天谷の背中を撫でた。  そして、掻きむしるように爪を立てられる。 「んっ、あ」  体の芯が熱くとろけるような感覚。  立っているのが辛くて天谷は日下部の浴衣にしがみ付く。 「ずっとこんな風に触れたかった」  日下部に耳元で甘くそう囁かれ、天谷はゾクリとした。 「天谷は? 天谷は俺に触れたかった?」  訊かれながら天谷は日下部の体から滑るように畳へ落ちてゆく。  畳の上に崩れた天谷に影が落ち、天谷が見上げた瞬間にはもう天谷は畳の上に日下部の体で磔のようにされていた。  天谷の、日下部に握りしめられた手がどちらの物とも言えずに汗ばんでいる。 「あっ、日下部っ」  名前を呼べば、日下部が「天谷っ」と熱い吐息を漏らしながら名前を呼び返す。  天谷の胸がキュンと締め付けられる。  日下部の顔が天谷の浴衣の胸元を弄る。 「日下部っ! 日下部っ!」  着付けたばかりの浴衣が乱れてゆくのが天谷には心細くてたまらない。 「日下部、何する気だよ」  か細い天谷の声に日下部は顔を上げて、「お前の体に触れるんだよ」と熱のある声で答えた。 「そんな、急にっ……何で」  途切れ途切れに天谷が言うと日下部は「急にじゃない。ずっとずっと触れたかった」と切なげな顔をして言う。 「ずっと我慢してた」  日下部の顔が天谷に近付く。 「あっ」  天谷は焦る。  二人の鼻先が触れた。 (俺、このまま……日下部にっ……)  思いっきり天谷は目を閉じた。

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