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マツバはその日、人生最大の大ピンチを迎えていた。
「これはどういう事だ?」
目の前には明らかに怒りと不機嫌さを顕にした恋人、西園寺忠幸 が腕を組んでマツバを睨みつけている。
「あの…えっと…」
マツバは青ざめると目を泳がせた。
上手い言い訳はないものか、言い逃れる理由はないか、頭の中で必死に考えを巡らせる。
しかし考えれば考えるほど頭は真っ白になっていく。
それは、いつも優しく接してくれる西園寺が明らかに怒っているのがわかるからだ。
「まさか俺に隠れてコソコソとこんな場所で働いているなんてな」
西園寺は忌々しげに辺りを見回すと再びマツバの格好に目を向けた。
制服であるピンクのワンピースは着丈が異様なほど短い。
胸元はかなり広く開いているし、少しずらせばあっという間に裸に近い格好になる。
西園寺は端正な顔を歪めると、盛大に舌打ちをしたのだった。
ここは喫茶淫花廓。
マツバは数週間前からここのウエイトレスとして働き始めた。
この淫花廓は表向き喫茶店と謳っているが、その内容は普通の喫茶店とは程遠い。
客の要望 に応えて、ウエイターやウエイトレスが客の前で淫らな行為を行うというのが目的の所謂破廉恥喫茶なのだ。
もちろんマツバはそれを承知の上でここで働くことを決めた。
理由は簡単。
纏まった金が欲しかったから、だ。
仕事内容はかなりハードだが、その分報酬額はかなり高い。
コンビニや居酒屋のアルバイトで稼げる報酬の倍以上だ。
しかもそれが短時間で稼げる。
時間が限られているマツバにとって短い時間でがっつり稼げるこのアルバイトはまさにうってつけだった。
しかし、これでもかなり悩んだのだ。
仮にも恋人がいるというのに、こんな破廉恥が目的の場所で働くなんて普通に考えればあり得ないことだ。
しかし、それをわかってでもここで働く事を決めたのはやはり金が欲しかったわけで…。
「マツバ、聞いているのか?」
もじもじとするマツバに西園寺が詰め寄ってくる。
あぁ、どうしよう。
本当ならはっきり言ってしまいたいのに、どうしても言えない。
だってきっと理由を知った西園寺は呆れるだろう。
そんな事のために何をやっているんだと叱られるに決まっている。
けれどマツバにとってそれはとても大事な事であり、また絶対に成功させたいプランのためでもあった。
だから本当の理由は絶対に言えないのだ。
もうすぐやってくる西園寺の誕生日プレゼントの費用を稼いでいるなんて。
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