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西園寺と付き合いだしたのは半年前。
初めて出会ったのはマツバが働く居酒屋だった。
おしぼりとお通しを運んだときから…いや、彼が暖簾をくぐって店内に入って来た時から目を奪わていた。
彼がすこぶる男前だったからだ。
一緒の席に座っている男たちも只ならぬ美貌の持ち主たちばかりだったが、その中でも西園寺は群を抜いて目立っていた。
端正な顔はもちろんだが、庶民的な居酒屋が似つかわしくないほど品のある佇まいと仕草。
スーツの上からでもわかる逞しい肉体と精悍さ。
そのスーツをはじめ、身につけている物は全て洗練されたもので、彼にぴったりで。
ブランド物に疎いマツバでもそれが一流品ばかりだということがわかった。
自分とは全く逆の世界を生きている。
見た目や彼の放つ雰囲気からしてそれははっきりと見てとれた。
それに比べてマツバはただのしがない居酒屋の店員の一人。
そんな自分が彼と親しくなるどころか、注文をやり取りする会話以上の言葉を交わす事なんて一生ないだろう。
そう諦めていた時、突然恋の女神が微笑んだ。
仕事帰り、酔ったサラリーマンにしつこく絡まれているところを、たまたま通りかかった西園寺が助けてくれたのだ。
まるで白馬に乗った王子様だと思った。
紳士で男らしくて、見た目通りの格好良さ。
その後、助けてもらったお礼をしたいと言うと逆にデートに誘われた。
助けてもらったのはマツバの方だというのに、程至れり尽くせりなもてなしを受け、その日のうちに肉体関係を持った。
もちろん、情事の後で西園寺の方からきちんと付き合おうと言われたのだが。
順番は前後しているし、進展が早すぎて頭はパンクしそうだったが、マツバは天にも昇る気持ちで即諾したのだった。
当然親友のラナンには、ものすごい勢いで怒られた。
手を出されるのが早すぎる、マツバが初 だから遊ばれてるんだ、すぐに捨てられるに決まってる、と。
確かに、西園寺はマツバにとって身の丈に合わないほど大人っぽくてかっこいい。
ラナンの言う通りすぐに飽きられて捨てられるかもしれない…。
マツバもどこかで危惧はしていた。
しかし恋人同士になってから半年、彼はいまだにマツバの恋人でいてくれている。
それも飽きるどころか彼の愛情表現は日に日に激しさを増していっているし、甘やかされる一方だ。
こんなに嬉しい事はないとマツバはいつも思っている。
愛されている事は自覚しているし、大事にされていることもよくわかる。
しかし、恋人同士になったからといってマツバが西園寺のように洗練された彼に相応しい人間になっているかと訊かれるとそれは無理な話で…
半年経った今でも一流企業の優秀な人間と、しがない居酒屋の店員という差は縮まらないままなのだ。
だからこそマツバは来たるべく彼の誕生日に、西園寺に相応しい最高級のプレゼントを用意したいと思ったのだ。
そうすればマツバだって少しは西園寺に近づけるかもしれない。
彼に相応しい恋人になれるんじゃないかと思ったのだ。
そのためには居酒屋でもらえる給料ではとてもじゃないが足りなかった。
もっと短時間でがっつり稼げる働き口はないか。
求人情報を見ながら頭を悩ませている時、たまたま道で声をかけてきた男に紹介されたのがこの「喫茶淫花廓」だったのだ。
仕事内容の説明を受けたマツバは当然断ろうと思った。
喫茶店にしては豪華すぎる内装に些か不審感はあったが、まさかこんな破廉恥なサービスを提供する店だと思っていなかったからだ。
しかし、西園寺の誕生日までもう残りの日にちがない事、これ以上報酬のいい働き口なんてない事を思うと覚悟を決めるしかなかった。
ほんの数週間。
一日の何時間かを我慢すれば、居酒屋で働く給料の倍以上を稼げる。
知らない男に触られる事に嫌悪感はあったが、西園寺のためだと思って必死に我慢した。
そしてあと僅かで目標金額も達成し、短期で入ったこの仕事も終わる…と思っていた矢先の今日、西園寺にまんまとバレてしまったのである。
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