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第3話
意気揚々と引っ越したオレは、溜まっていた有休もすべて消化し終え、貯金を食いつぶす生活をしながら仕事を探した。
しかし、電話と無縁の仕事はさほど多くない。
そして、すっかり失念していたが、職探しをする上で連絡先の記載は必要不可欠で、そのためには新しく携帯を購入しなければならなかった。
考えてみれば当然である。固定電話も携帯電話も持たない人間を、採用するような企業はない。
オレはとりあえず携帯ショップに行き、一番安いスマホを契約した。
けれど、電話を手にしたところでかかってきた電話に出ることがオレにはできない。
着信が怖い。
通話ボタンが押せない。
あいつからの連絡なんてもう来るはずがないのに、過去の傷を引きずって怯えてしまう自分が滑稽で……オレは自嘲しながら途方にくれた。
電話での応対ができない以上、企業勤めは難しいだろう。
そこでオレは、コンビニでバイトを始めた。
なぜコンビニかというと、面接の際に電話が苦手だと言ったオレに店長が、電話の応対はほとんど店長が行うから大丈夫だ、と請け負ってくれたからだった。
おまけにシフトの調整もメールで済ませてくれると言うし、新しい家からコンビニまでの距離が近いというのも気楽だった。
斯くしてオレはレジ打ちを習い、品出しを教わり、今日もバイトに精を出しているわけだが……。
ここ最近、おかしな高校生に絡まれている。
そいつは初対面の日に突然、
「おにーさん、名前は?」
と、馴れ馴れしく話しかけてきて、オレの名札を見てへにゃりと目尻を下げ、
「佐久間さんの、下の名前は?」
と聞き直してきた。
オレは当然無視したが、相手はしつこかった。
「俺さ、ソウゴ、っての。吉村蒼梧。おにーさんは?」
尋ねてもないのに名乗ったガキ……蒼梧は、グレーのブレザーの制服をお洒落に着こなすイケメンで……そんな奴がなぜオレなんかに構ってくるのかが意味不明すぎて、オレは奴の言葉に一切取り合わなかった。
しかし蒼梧は少しも堪えた様子を見せずに、佐久間さん佐久間さんと声をかけてくる。
それでも無視し続けていると、蒼梧に同情したバイトの女の子(ワカナちゃんという名だ)が、こっそり蒼梧にオレの名前を教えてしまっていた。オレの許可も得ずに!
オレはもちろんワカナちゃんに文句を言ったが、若いのにメイクバッチリな彼女は、
「アタシはイケメンの味方なの」
とあっさりと言い捨てて、あまつさえオレに、
「クマちゃんが塩対応すぎんのよ」
とダメ出しをしてきた。
なにがクマちゃんだなにが塩対応だ。
おかげでオレはその日から、奏さん奏さん、と付きまとわれることとなる。
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