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第2話
この四月からオレは、コンビニのバイトを始めた。というのも、勤めていた会社を退職したからだ。
退職理由は単純明快。
ただの失恋だ。
二十五歳にもなって失恋ごときで仕事を辞めたのか、と罵られるかもしれないが、オレにとっては『ごとき』じゃないから仕方ない。
ずっと好きだった。
憧れをこじらせて、手に入ってからも苦しいばかりで。
オレの愛情をすべて傾けた、男に。
オレは見事に振られた。
電話が鳴って。
結婚することになった、って言われて。
そんで終わり。
高校生のときからの、約十年にも及ぶ恋人と呼ばれる関係が、たった一本の電話で終わったのだ。
ふざけんなって思った。ふざけんな、って。
でも、オレの喉からは怒鳴り声なんて出てこなくて。
なんだか頭が真っ白になって、茫然としているうちに電話はいつの間にか切れていて。
オレは、電話を捨てた。
電話はいつだって、嫌な言葉ばかりを運んでくるから。
携帯電話を風呂場に沈め、完全に壊れたのを確認して。ガムテープでぐるぐるに巻いて捨ててやったら清々した。
オレは一人暮らしで、家の電話はもともと引いていなかったから、これで不快な着信音を聞くことはもうない。
けれど、電話を捨てることはできても、失恋のショックからは中々立ち直れなかった。
気力を失くしていくオレを、同僚たちは心配して飲みに誘ったりしてくれたが、オレはすべてを断った。
なぜなら同僚の輪の中には必ず、オレを振った男の姿があったからだ。
無様な姿は見せたくなくて、オレは平常を装った。しかし三 月後にはオレの胃がぶっ壊れて、鎧っていた平常は破綻した。
胃だけじゃなく精神にもガタがきて、オレは会社の電話に出ることができなくなった。
受話器を取る、という簡単な動作が、冷や汗や動悸、呼吸の乱れが邪魔をして、どう頑張ってもできないのだ。
こちらからかけなおす、という苦し紛れの伝言をしてもらって凌いでいたが、オレの様子がおかしいのは一目瞭然で、ついには上司から心療内科の受診を勧められ、オレは会社を辞めることを決断した。
同僚たちは慰留してくれたけど、オレの気は変わらなかった。
会社勤め最終日。花束を貰って退社したオレを家の前で待っていたのは、元カレで。
電話、何回も掛けたんだけど、と言われてオレは、思わず笑ってしまった。携帯はとっくに捨ててたし、仮に持っていたとしてもこいつからの電話になんか二度と出ない。
笑うオレを、男が痛まし気に見つめてきて……その顔がやっぱり格好良くて、未練タラタラに見惚れてしまうオレは、正真正銘のバカだ。
あのさ、と何度もキスをした唇が動いて。
カバンの中から綺麗な封筒を取り出した男が、オレに頭を下げてきた。
無神経なことはわかってる。でもおまえに声を掛けないのも、友人たちの手前、不自然だから。
オレの好きだったハスキーな声が、言い淀みながらもそう告げてきて。
オレは差し出された結婚式の招待状を、ヘラヘラと笑いながら受け取った。
その日はひとりでしこたま飲んで。
翌日は二日酔いの吐き気と頭痛に苦しみぬいて。
ひと月後に迫っていた結婚式にはとびきりの笑顔で参加してやった。
二次会はもちろん欠席し、オレはその足で不動産屋に行って転居先を決めた。
第二の人生だ、とオレは思った。
失恋とともに死んだオレは、生まれ変わって、新しい人生を送るのだ。
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