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第6話
更衣を済ませたオレがいつものように弁当とビールを買ってコンビニを出ると、店の横の暗がりから蒼梧が現れた。
制服のままだったので、どこかで時間をつぶしていたのだろう。
その顔にいつもの笑みはなくて。オレは居心地の悪い気分で蒼梧の前を横切って歩いた。
蒼梧が無言で付いてくる。
ゆるやかな上り坂を辿り、角を折れて十分も歩けばオレの住むマンションがある。
「……おまえ、どこまでついてくんの」
後から聞こえる足音に耐え切れなくなって、オレはぼそりと問いかけた。
「奏さんが止まってくれるまで」
淡々とした声が返ってくる。
オレは渋々足を止めて、くるりと振り向いた。
背は、蒼梧の方が高いけれど。
いまはオレが坂道の上に居るので、目線はほとんど同じだった。
白い街灯と、時折通りかかる車のヘッドライトが、向かい合うオレたちを浮かび上がらせる。
「奏さん」
蒼梧が低く、オレを呼んだ。
「連絡先、教えてよ」
またそれか、とオレは少し呆れた気分で肩を竦めた。
「嫌だよ」
「なんで」
「なんでって、おまえに教える義理がねぇからだよ」
「嘘」
「は?」
「電話に出られないからでしょ?」
切り込むように、鋭く。
蒼梧がそう口にした。
オレは一瞬目を丸くして……それから店長とワカナちゃんの顔を思い浮かべた。蒼梧にリークしそうなのは、彼らぐらいだ。いやでもワカナちゃんは知らないはずだから、犯人は店長か。
「たとえそうだとしても、おまえにケー番教えないこととは別物だろ」
オレはハァとため息を零して、カバンから取り出したスマホを蒼梧へ放った。
蒼梧の手が、空中でそれをキャッチする。
「登録するなりなんなり好きにしろよ。罰ゲームかなんか知らねぇけど、そんで終わるんだろ。おまえのトモダチが来たら適当に話合わせてやるから、おまえももう来るのやめろよ」
「あのさ」
片手にオレのスマホ、もう片方の手に自身のスマホを持った蒼梧が、両方の指を器用に動かしながらチラとオレへ視線を向けた。
「さっきも思ったけど、なんで俺が罰ゲームやらされてる設定なわけ?」
苛立ちを孕んだ声で問われて、オレはまたため息を零す。
「他に理由がねぇだろ。いい年してコンビニバイトしてるような冴えない男に、おまえみたいな奴が言い寄って来る理由が」
「奏さんはさ」
蒼梧がオレの語尾に強い口調で言葉を被せてきた。
「俺とは初対面だって思ってるでしょ?」
「は?」
「実は二回目なんだよね。コンビニで奏さん見つける前に、俺、奏さんのこと知ってたよ。一回目って、どこだと思う?」
「知らねぇよ。終わったならさっさと返せ」
オレは右手を振って蒼梧を急かした。
けれど蒼梧は小さく鼻を鳴らしただけで、オレのスマホを手放そうとしない。
その代わり、とでも言うように、蒼梧のスマホの画面がオレへと向けられた。ディスプレイがほんのりと光っている。
そこに映っているのは写真だ。
オレの心臓がごとりと嫌な音を立てた。
蒼梧の隣で、白いタキシード姿の男が微笑んでいた。それは、嫌というほど見覚えのある顔で。
ぶるぶると、オレの体が震え出した。呼吸が不自由になる。
「このひと、俺の従兄弟。奏さんの元カレだよね? 披露宴で俺、奏さんのこと見てたよ。ずっとニコニコしてて。祝福してるんだと思ってた。でもさ」
写真の画面を閉じた蒼梧の手が、オレの手首を掴んだ。
オレのスマホが、てのひらに押し付けられる。
返って来たそれを握り締めて、オレは咄嗟に走り出そうとした。けれど、蒼梧の強いちからがそれを阻んだ。
手首に。
男の指が、食い込んでいる。
「奏さん。トイレで吐いてたね。飲み過ぎたって、友達には言い訳してたけど。ほとんど飲んでなかったよね。俺、大人連中に囲まれてんのが窮屈でさ。隣の個室でゲームしてたの。そしたら奏さんが泣きながら吐いてるのが聞こえてきてさ。奏さん、ずっと呟いてた」
「は、離せっ」
「電話なんか出なきゃ良かった、って」
「離せって! な、なんだよおまえっ」
「泣きながら、吐くだけ吐いて……ようやくトイレから出てきた奏さんはさ、空っぽの顔してたよ」
不意に、俺の手の中でブーンとスマホが震えた。
ぎょっとして視線を向けると、『蒼梧』の文字がディスプレイに浮かんでいる。
目の前の男が、オレに電話をかけてきているのだった。
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