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最終話
蒼梧はスマホを耳に押し付けながら、片手は俺の手首を掴んだままで、じっとオレの目を見つめていた。
「げぇげぇ吐いた後の空っぽの顔でさ、でも席に戻ったらまたニコニコ笑ってんの。どんなひとなんだろうって俺、思ったよ。奏さんって、どんなひとなんだろうって。それで聞いてみたらさ、全身でひとを愛するひとだって、言ってたよ」
オレは茫然と、立ち尽くした。
誰に聞いたのかなんて、明白だった。
オレのことを、元カレに尋ねたのだ。
「すべてを恋人に傾けて、自分の中を恋人の存在で埋め尽くして、全身で愛するひとだって、言ってたよ。それを受け止めきれずに、逃げ出してしまったって」
かつての恋人の言葉を、蒼梧の唇が綴っている。
「奏さんは、まだ愛してるよね」
蒼梧の指のちからが、さらに強まった。
オレの手の中ではスマホが振動し続けている。
「あのひとのこと、まだ愛してるよね。空っぽになったくせに、まだ愛してるよね。だから俺の香水の匂いを嗅いで、逃げ出したんだ」
「……おまえ、あれ」
「わざとだよ。奏さんの反応が見たかった」
ぎりぎりと掴まれた手首が痛い。
振り解こうと身じろいだオレを、蒼梧の真剣な眼差しが縫い留める。
「奏さん。奏さんのご両親が事故で亡くなってること、あのひとに聞いて知ってるよ。警察からの電話でそれを聞いたってことも。別れ話も、電話でされたんでしょ。だから電話が嫌いなんだ」
「……おまえには、関係ない」
次々にオレを暴いてゆく男へと、オレはなんとか言い返したが、喉から出たのは弱弱しい声だった。
「関係あるよ」
短く、蒼梧が断言した。
「関係ある」
そう、繰り返して。
蒼梧が震え続けるスマホへと一瞥を投げた。
「電話に出て、奏さん」
「な、なん、で」
「奏さん。空っぽのあなたを、俺の存在で埋めたい。俺も奏さんに、全身で愛されてみたい。
奏さんのすべてを、俺に傾けてほしい」
バカみたいな言葉だった。
オレのこと、なんにも知らないくせに。
オレに愛されたい、なんて。
子どもみたいで、バカみたいな言葉だ。
オレはごくりと喉を鳴らした。
「奏さん、出て」
蒼梧がくっきりとした声音で、促してくる。
「電話は、嫌な言葉だけを運ぶ道具じゃないよ。俺の気持ちだって、ちゃんと奏さんに伝えてくれる」
「お、おまえの、気持ちって……」
「奏さん。俺がずっとあなたに言ってた言葉。本当に罰ゲームの偽物の言葉だと思ってた?」
問われて、口の中が干上がった。
気付けばオレの手首は自由になっていた。
「奏さん」
蒼梧が、静かにオレの名を呼んだ。
オレは。
オレは……。
ブーンと唸り続けるスマホの、通話ボタンを。
オレは、息を喘がせながら、震える指でタップした。
「もしもし、奏さん?」
目の前に居る男の声が、耳元の電話からも聞こえてくる。
「電話に出てくれて、ありがとう」
目尻をへにゃりと下げた、犬のような顔で。
蒼梧が笑った。
彼の腕が、オレの背に回り。
オレはぎゅうっと抱きしめられた。
「好きだよ、奏さん」
左右の鼓膜に、甘い声が、じわりと溶けた。
END
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