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* 狼獣人と兎獣人のバレンタインデー *
*
【ヨルくんへ 今日の放課後 体育館裏で待ってます 。 今日は 人間の世界でいう バレンタインデー という日なので チョコレート を 受け取ってください 。 ミ ナより 】 __ 。
机の上に置かれたチョコレートには鉛筆で書かれているピンク色の手紙が置かれてあり、俺は心踊ってしまう。
あまりに気分が高揚したため、尻の間から生えている黒い尻尾がピクピクと跳ねる。
狼と人間のハーフである俺こと【ヨル】は獣人に教育を施すための学校に通っている。
その中でも、【狂暴クラス】の生徒として通っているのだが、そこには狼族の奴らしかいなく常々他のクラスの女の子(メスと呼ぶのは好きじゃない)と付き合ってみたいなどと思っていた。
しかしながら、つい先日――予想外なことが起きたのだ。
21人いるクラスで全員が狼族しかいない【狂暴クラス】の中に、突如として白い雪のような兎族が一人やってきたのだ。
本来であれば【愛玩クラス】にいるはずの兎族が何故にこのクラスに来たのかは分からない。
それに、その兎族はたいそう生意気だった。
「そ、それじゃあ……皆に自己紹介を……」
どことなくよそよそしい教師の声____。
「…………よろしく……なんて言うと思いましたか?ボクはあなたたちと仲良くする気なんて……ないですから」
全身真っ白な毛に覆われて両耳をピンと伸ばして立てつつ、目が血みたいに真っ赤なその兎族は素っ気なく言い放った。
*
だから、それから少しして俺がその兎族の奴と付き合うだなんて思ってもみなかった。
そもそも、俺はずっと【愛玩クラス】のマドンナ的存在である猫族のミナちゃんに好意を抱いていたんだ。
それでも、俺がミナちゃんではなく兎族の奴を選んだのはある罰ゲームのせいだ。
クラスの奴らとゲームをして負けたから、仕方なく兎族と付き合い始めた。
でも、そんな状況で始めた関係なんて、ずっとうまく続いていく訳がない。
「……別れよう」
「まあ……当然ですよね。そもそも、ボクは初めから……あなたのことなんて好きでも嫌いでもなかったんですから____」
その時と、あの兎族は白い毛皮に覆われた両耳をピンと伸ばして涙ひとつ流さずに生意気な言葉で言ってきた。
*
まるでこっちが悪者みたいだというモヤモヤした気分は残ったものの、俺は尻尾をたてたまま無意識のうちにブンブンと振りながら喜びを隠せずに手紙をしまって退屈な授業が終わるのを待った。
キーン、コーン____
カーン、コーン____
終業のチャイムが鳴り終えるのと、ほぼ同じタイミングでカバンを抱えて立ち上がった俺は脇目も振らずに体育館裏へと急いで走っていく。
*
「ヨルくん……それ、あたしが置いたんじゃないから……誤解しないでよね」
「えっ…………!?」
そう言い放った【愛玩クラス】のマドンナ的存在のミナちゃんはそそくさと俺から離れてどこかへと行ってしまった。
俺は、一人残されてしまう。
じゃりっと土を踏む音に気付いた俺は背後を振り返った。
そこには、いつの間に白い耳を持つ兎族が立っていた。
「こんな所で…………どうしたのですか?」
「お前……こそ____ここで何をして……」
「ミナちゃんという猫族の女の子とは…………うまくいきましたか?」
白い耳の兎族は唐突に尋ねてきた。
「ばーか……うまくいってたら、こんな陰気な場所に一人でいるわけが……な……い……」
「……っ____」
言い終える前に、その白い耳の兎族はガバッと抱き着いてきた。そのとたんに、俺はあのピンク色の手紙付きチョコレートを置いたのは目の前にいる生意気な兎だと薄々だが気付いたのだ。
猫族のミナと兎族のミルナ____。
よくよく考えてみれば、二人とも名前が似ているし――そもそも、鉛筆で書かれていたのだから《ル》の字を消しゴムで消すのなんて造作もないことだ。
「お……お前――チョコレートを俺の机に置いたのか?」
声が震えてしまっているのは、急に雪が降り始めて体が冷えてしまっているからという単純な理由だけじゃない。
「は、はい…………」
目の前にいるミルナの耳がつい先程まではピンと立っていたものの、次第に垂れていくのに気付いたのも決して目の錯覚じゃない筈だ。
「どうして……お前の名前を残さずにミナちゃんが書いたものだと思わせたんだよ?」
「それは……あ、あなたが……いいえ、ヨルがミナちゃんとくっついた方が幸せだと思ったから……だから……っ____」
と、いつもクラス内ではピンと両耳を立たせている筈のミルナが煮え切らない態度で弁明している時、ふとすぐ近くから視線を感じた。
俺の幼なじみ兼親友たちともいえる双子の狼獣人【ブチ】と【シロ】が手にノートを持ちつつ、此方の様子を物陰からジーッと見ていたのだ。
ノートに何か書かれている。
《ミルナは本当は垂れ耳兎人でクラス内ではプライドが高いせいで見栄をはって耳をたたせてただけ。本当は寂しがりで……素直になれないだけだ――ヨル、今こそ男になる時だよ!!ヨルの素直な思いをミルナにぶちかませ。あと、罰ゲームで無理やりミルナと付き合わせちゃって……ごめんなさい》
幸いにも、ミルナからはそのノートの文字は見えていない。
だから、人一倍プライドが高くて見栄っぱりで嘘をつくのが下手なミルナに、こう囁いてやったんだ。
「その……チョコレートをくれてありがとうな。ただ、俺さ……甘いのは胸やけがしてちょっと苦手なんだ。だから、これからどっか二人きりになれるところに行って一緒に食べようぜ。もちろん、俺とお前の……二人でだぜ。他の奴らに渡してたまるかよ……俺はお前のことが……好きだ」
ミルナの顔がとたんに赤く染まっていき、それとほぼ同じタイミングで物陰から此方の様子を見ている《ブチ》と《シロ》の顔がニヤけるのだった。
* おしまい *
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