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第5話

そうして向きを変えると豊田は歩き出す。ちょうど、羽柴の進行方向と同じ方だった。  豊田の歩幅よりも、羽柴のそれの方が大きかった。数秒の差であればすぐに縮ませることができる。並行して歩きだした羽柴を、豊田は見上げた。 「…い、いえ。職場こっちなので…」 「ああ、なるほど。そうでしたか」  疑問はすぐに解けたようだ。数分もしないうちに豊田のアパートは見えてくるだろう。さすがにこのタイミングで別々に行くというような選択肢はない。  それに、なにより羽柴はこの豊田という男を放っておくことができなかったのだ。  離婚届を出すことに涙をながして、ゴミ捨ての日にちを間違える男に、どんな魅力があるのかわからないけれど。  だけど。 「(ほんと、何なんだろうなこの人)」  数分も歩けばすぐに豊田のアパートにはたどり着く。築年数はそれなりに経っているが外見は綺麗に作られている。ここなんです、と笑いながら羽柴に手をあげる。  一礼してそのまま通り過ぎようとした羽柴に、豊田はふ、と笑いをこぼす。 「今日はありがとう。羽柴さん、本当に仕事熱心ですね。引っ越しして、一人暮らし不安だったんですけど、羽柴さんが窓口にいるなら心強いな」  真っ直ぐに羽柴を見てくるその瞳。瞼の腫れをごまかすように掛けられた眼鏡の奥で、弱弱しい社交辞令が鳴り響く。  傷ついた人間の目だ。あの日、彼女に捨てられた自分のように思えて、羽柴は叫んでいた。 「…あのっ…また、困り事があったら是非いらしてください!窓口!」  それは、公職としての言葉だったのか。彼のこの町での生活を支えたいという心からでたのか。それとも、羽柴清彦個人が、豊田という男に向かっていっていたのか。  叫ばなければいけないような気持になって、羽柴はアパートの階段に足をかけた豊田に向かって声をあげた。  その声に気付いて、豊田は振り向く。空き缶とペットボトルの入った袋を持ち上げながら声に応えた。 「そうします。一介の住民の力になってくださいね、羽柴さん」  

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