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第4話

男だった。くたびれたジャケットを着て、指定ゴミ袋以外の袋にペットボトルと空き缶を入れている。  どうしようか、と見ながら、羽柴は声を掛けることを決める。この近所はアパートが多いが、古くからの住民もそれなりにいる。  ご近所トラブル、というものが起これば巡り巡って自分の面倒になる。できることなら仕事を増やされたくはない。   はあ、と一つ小さくため息を吐き出すと、羽柴はぼんやりと立ち尽くしたままの男に声を掛ける。 「…えーと、今日は燃えるゴミの日なんで…」 「あっ…すみません、そうだったんですね。」  くたびれたスーツとしわくちゃなワイシャツ。かろうじてネクタイはつけているけれど、どこか疲れている。  声を掛けて目を合わせる。黒い髪をした眼鏡をかけた男。彼は、どこかで見たことがある。  男が眼鏡をくい、とあげる。ありがとうございます、とぽそりぽそりとつぶやいた声に、どこか聞き覚えがあった。 「…はは、ありがとうございま……って役場の方ですか?」 「は、はは…すごい偶然ですね…」  そうだ、トヨタ、という男だ。週末に駆け込みで離婚届と転入届を提出した男。せっかくごみの分別カレンダーを渡したというのに、この通りでは全く意味がない。 「ありがとうございます。お恥ずかしい話なんですけど、ハハ、今まで妻に頼りっきりだったもので…情けないですね、ゴミも捨てられないなんて…」 「い、いや、別に…この辺分別面倒ですし」 「これ、どうしたらいいですかね?さすがにこれをもって出勤はできませんし…」 「さすがに置きっぱなしはまずいと思いますけど…家に持って帰るとか…」 「ああそうだよなあ…」  ははは、と思わず目を背けてしまう。役所に勤務していて、近くに住んでいればこういう偶然だって起こりえない話ではないだろう。今まで何もなかったことが不思議なくらいだ。  豊田は苦笑しながら頭を掻いた。 「先日は申し訳ありませんでした。あんな場面お見せしちゃって…」 「いやいや、その、なんていうか…お疲れさまでした、ハハ…」  何を話せば正解なのか羽柴にもわからない。離婚届を出しに来た時に泣き出したサラリーマンが近所に住んでいた、なんて偶然、羽柴の27年の人生において経験したことはない。 「とりあえずゴミ置きに一回自宅に戻りますね。ありがとうございます。ええと…」 「あ、羽柴です。…住民課の羽柴、です」 「羽柴さん。助かりました」  豊田はどこか疲れたように笑う。まるで何かから逃げるように、人とかかわるのが怖いように。弱弱しく、傷ついたように。

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