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『さ』
リトはひとり、洞窟を歩いた。
化け物が、行け、と言った反対の方向へと、足を運ぶ。
右手に持った松明は、化け物が用意してくれたものだ。
炎の灯りが眩しいと言っていたのに。
体温ですら火傷をしてしまう皮膚なのに。
リトのために、用意してくれた。
化け物のやさしさを思うと、自然と涙が溢れて来る。
ぐすぐすと鼻を啜りながら、リトは歩いた。
来し方にも通った道を、段差に足を取られないよう、足元を照らしながら登り続ける。
やがて、白いひかりが見えてきた。
それは扉の隙間から漏れて来るひかりで……僅かな光量であるにも関わらず、暗闇に慣れたリトの目を鋭く射た。
リトは松明を脇に置き、片手を瞼の前に翳して、もう片方の手を扉へ当てた。
少しのちからではビクともしない扉を、リトは全身を使って、開いた。
そうしてなんとか作った隙間に、小さな体を滑り込ませる。
出た場所は祭壇の裏だった。
リトはここから、神さまの生贄になるために洞窟へと向かわされたのだった。
天窓からは眩しいばかりの陽光が降りそそぎ、リトは目の痛みにしばらく立ち尽くした。
ここは普段、誰も立ち入らない場所だったけれど、ゆっくりしていると教団の人間に見つかってしまうかもしれない。
リトは目が完全に慣れるのを待たずに、周囲を見回した。
視界の端に、なにか、キラキラしたものが映り込む。
なんだろうと思って探してみると、それは、リト自身から発されているものだった。
手や、服が、光っている。
リトは……それがなにかを知り、込み上げて来るものをこらえきれずに涙を落とした。
光っているのはウロコだった。
化け物と抱擁を交わした際に、溶けて貼り付いたウロコだった。
リトは泣きながら、自分自身を抱きしめた。
陽のひかりが当たると、神さまのウロコはこんなにきれいなのだ、と。
そのことを、教えてあげたいと、思った。
あのさびしい神さまに。
化け物は『核』を教団に奪われているのだと言っていた。
それゆえに、肉体はほとんど死んでいるのだと。
だから彼の皮膚は冷えている。
リトに触れただけで、火傷をするほどに。
けれど、化け物が『核』を取り戻すことができたならば。
化け物の体は、ぬくもりを宿して。
あの暗い場所でなくても、生きていけるのではないか。
リトとふたり。明るい場所で。
それが浅ましい願い事だということは知っている。
リトとともに生きることなど、化け物は望んでいないのかもしれない。
それでもリトは。
彼のために、なにかをしたいと思ったのだ。
生贄が洞窟から戻ってくることを想定していないのか、祭壇の裏の秘密の扉の周囲には、見張りなどは居なかった。
いまが何時なのかわからないが、礼拝堂は無人である。
化け物の『核』はどこにあるのだろうか、と考えるより先に、なぜか足が自動的に動いた。
引き寄せられるように、リトはうつくしく飾り付けられた祭壇に上った。
肌が熱い。
ひりつくような感覚を覚えて、リトは腕に視線を向ける。
溶けたウロコの貼り付くリトの腕。
キラキラと光る、化け物の一部……。
そうか、とリトは悟った。
化け物の肉体が、リトを介して『核』と引き合っているのだ。
リトはウロコが導くままに腕を伸ばした。
教団の、太陽を模したシンボルを覆う、たくさんの装飾品を掻き分ける。シャラシャラ、ジャラジャラ。焦るあまりに配慮を欠いたリトの立てる物音が、静かな聖堂に反響する。
「誰だ!」
「泥棒かっ!」
「どこから入ったっ!」
その音を聞きつけたのだろう、帯剣した団員たちが、入り口側から数名なだれ込んできた。
リトは一瞬、ハッと動きを止めかけたが、化け物の『核』を探すことを優先させた。
リトの指先がなにかに触れる。
小指の爪ほどの、小さな赤い宝石であった。
それが、リトに貼り付いたウロコと呼応して、キラキラと光っている。
これだ、とリトは他の宝石とともに、それをぎゅっと握り込んだ。
その瞬間、もの凄いちからでリトは祭壇から引き下ろされた。
床にうつぶせに押し付けられ、首筋にするどい剣先を突き付けられる。
「子どもか」
「こんな場所でなにをしている」
「なにを盗もうとしたっ」
「その手を開けっ」
大人の男たちに口々に詰問され、リトは体を小さく丸めた。
握りしめた手を伏せた顔の、口元に押し付けて。リトは赤い石を口の中に隠した。
「その服、生贄の子どもじゃないか?」
「生贄だ」
「生贄が逃げてきたのか!」
「祭主さまを!」
「祭主さまをお呼びしろっ!」
ざわめきがリトの頭上に広がってゆく。
誰かの手がリトの腕を掴んだ。
無理やりに広げられたてのひらから、バラバラと宝石がこぼれる。
リトはそのまま縄を打たれて。
祭主の前へと、連れていかれたのだった。
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