1 / 5
第1話
Kと出会ったのは、丁度1ヶ月前。春の訪れと共に、彼は現れた。
仮に私をEとする。KとEの出会いはネット上であった。出会い系では無い。なんの変哲もない、とあるSNSアプリで同性の友人の募集を掛けていたKに私が話し掛けただけだ。
後から聞いた話によると、恋愛に発展させる輩が多過ぎて疲れたが、話し相手が欲しかったらしい。だから、同性の雑談が出来る相手を募集していたのだと。
私は恋愛に余り興味が無い。長年連れ添った妻と離婚調停中で、ほとほと恋愛に疲れ果ててしまっていた中年である。あれのしつこさと言ったら無い。
Kと私は夜更けまで話し、いや、明け方まで話したか。何を話したかは覚えていない。その日はそれで終わった。
その後、時々Kから深夜にメッセージが入るようになった。私は住居を変えてアルバイトを始めたばかりだったので、程々で返して寝てしまっていた。
2人の関係が大きく変わったのは、数日前の話だ。
『初めて会った時の様に貴方と話したい』
そうメッセージが入っていた。丁度私はアルバイトが長期休暇の最中だったので、話す気になった。
『何故、私なんだい。君は他にも話す相手は居ないのかい?』
『E以外は全て切ってしまったよ。面倒だから』
それを聞いて、私は驚いた。そんなに私に執着するような子だったのか。何も特別な事を言ったつもりは無い。
そう思い、疑問をぶつけた所、『だって、貴方は僕をかけがえのない友人だって言ってくれた』と返って来た。
友人に飢えていたのか。それにしても他の全てを捨ててまで、私だけと話す理由が見当たらない。
『E、貴方が好きです』
うん? と私はメッセージを見て考えた。
『私は君に好かれている自信はある』
と、返した。Kは笑っていた。
『好きの意味を勘違いはしてくれないの?』
ぎくり、と私のセクシャリティを見透かされている気がした。私はゲイセクシャルだった。妻との離婚もそれが原因だった。人並みの人生を送ろうと異性と結婚したが、妻は私にとって、異物にしか思えなかった。耐え切れなくなったのは、去年の秋だ。それから、同性の恋人が欲しいと思いつつも離婚調停が終わるまでは、と思いひた隠しにしていた。
『僕はバイセクシャルだよ。同性異性関係なく好きになる。Eの事が好きだ』
だからか、友人として認めた私が特別な存在になったのは。同性異性関係なく恋愛に発展するのなら、さぞかし友人として見れる人間は少ないだろう。
Kには独特の色香がある。話していて知的で上品な印象を受けていて、私も好印象だった。
『Eは何歳? 僕は歳下が苦手だよ。Eは多分、歳上だと思う』
私の年齢、30半ばと正直に言うと、Kは安心したらしい。Kは学生だと言う。
『多分ね、Eは僕が此処で知り合った人の中で、1番歳上』
『歳が離れ過ぎていやしないかい。一回りも離れている』
『関係ないよ。僕はEが良い』
私は悩んだ末に、『私は離婚調停中だ。妻が居る。別居中だけれど』とKに伝えた。Kからは『じゃあ、浮気だね』とメッセージが返って来た。
『どうせ籍を抜くつもりは無いんでしょう。Eはそんな気がする。でも、僕は浮気でも良いよ。Eと一緒に暮らしたい』
確かに、妻は離婚に頑として応じない。然し、妻に対する愛情は私には無い。完全別居で良いから籍を抜かないで欲しい、と懇願されている。愛情は無いが、半年振りに妻に会った時、妻は私を見て嬉しいと泣いていた。元々、私がゲイセクシャルでも良いと愛情を注いでくれた妻である。愛する事は出来ないが、その気持ちを簡単に無碍に出来る程私は人非人では無かった。
『良いのかい。Kはそれで』
『僕はEが良い』
今までそのアプリで知り合った同性と恋人に、と言う話がないでもなかった。ただ、私に妻が居ると言うと離れて行った。妻と籍を抜かずにいても良いと言ってくれたのは、Kが初めてだった。
Kは神在月の都市に住んでいると言う。都会も都会、東京の私とは遠距離恋愛になる。
『僕が来年、学校を卒業したら、Eの所に行くよ。それまでEは僕の所に遊びに来て。森鴎外記念館の池の鯉と菖蒲を見せたい。海には鳴き砂と言うきゅ、きゅ、と音がする砂がある。毎週土曜日には神楽をする。とても、とても楽しいんだ。僕は神楽で篠笛を吹きたかった』
『東京に来たら、お勧めのカフェとバーを紹介しよう。シェイカーを振ってくれるバーに行った事があるかい?』
『僕は余りアルコールを飲まないな。前に話したでしょう。偶にコーヒーブランデーをミルクに垂らして飲む位だ。香りがとても良いよ』
Kは上品で知的で大人っぽい学生だと思った。そして、とても魅力的で愛らしい。
『こうしてEと話せるだけで嬉しい。僕は毎晩Eの事を考えていたんだよ』
アプリのメッセージから読み取れるKの愛情表現が控えめながらも愛らしく、写真等なくても、実際に会った事がなくても、私はKと新しい生活を始める気になっていた。
別の無料通話アプリのアドレスを交換しあって、私とKは初めてお互いの声を聴いた。
私は酒と煙草で嗄れた声をしている。Kは何処か甘ったるい色香のある明るい声をしていた。
「喋る時は兎も角、歌うとね、女性と間違われる。髪も伸ばしているから、ね」
「私は髪が長い方が好きだな。熊系はどうも苦手でね。中性的な子が好きだよ」
「良かった。僕はEの好みらしい」
Kは私の容姿には特に触れなかった。写真も要らないと言う。中肉中背だと言う事と、生活感が無い若く見られる容姿だと言う事を前に伝えただけだ。
その日はしきりに私が眠い、と言って通話を切った。時間を見ると、朝の7時を過ぎていた。私は深く深く眠って、Kの事を考える暇もなく夕方まで眠った。
ともだちにシェアしよう!