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第2話

※ 「健人、どうした? シケたツラしてんなぁ!」  そう言って笑う京次さんは俺の兄貴分であり、恋人でもある。  最近シノギを見つけて部屋住みを卒業したような、ただの若中である俺と若頭補佐の兄貴。正直釣り合わないのだが、京次さんにとってはそれは関係ないことらしい。 「兄貴……イテッ!」 「名前」 「き、京次さん……」  兄貴、と呼ぶ癖の治らない俺に無理矢理名前を呼ばせる。こういう日の夜は、決まってホテルに連れていかれる。  少し離れた旧国道沿いのワンガレージタイプの寂びれたラブホテル。  利用者が少ないのか、タイミングがいいのか。ここはいつ行ってもガラガラで、だいたい利用する部屋は201号室だった。  部屋の大半を占めるワインレッドのベッド。奥には小さなユニットバス。  品のない、セックスをするためだけの部屋。  着ていたスーツは京次さんに脱がされる。スーツの下はいつも黒のTシャツを着ている。これは部屋住みを卒業したばかりの頃、今までの安っぽいジャージも卒業し、張り切ってスーツを着込んでいたら京次さんに「脱がし辛い。ジャージの方がよかった」とぼやかれたからだ。  京次さんはいつも俺を裸にしてから自分のスーツをゆっくり脱ぐ。  京次さんの背中はイザナギが彫られている。俺の背中にはまだ彫り途中のイザナミがいる。京次さんにイザナミを彫れと言われたときは嬉しかった。京次さんの背中を見ながらにやにやしていると、頬を右手で挟まれ顔を横に潰される。 「なにニヤニヤしてんだよ」 「俺も、はやくイザナミ入れ終わって京次さんの隣に並びたいです」 「可愛いやつ」  力いっぱい抱きしめられて、唇を合わせる。  京次さんとはじめてまともに会話したのは、部屋住みとして銀水会の事務所で寝泊まりをしていた時だった。 「失礼します。八幡さん、お茶です」 「ああ」  お茶を出すときくらいしか普段会話はしなかったけど、その日の京次さんは一人事務所に残ってパソコン作業をしていた。 「茶、淹れるの上手くなったな」 「ありがとうございます。あの、作業なんかあるなら手伝いますよ」 「ああ、これ? マインスイーパーしてるだけだから別にいいよ」  そう言って京次さんはパソコンを閉じた。 「家、帰りたくないんですか?」 「うーん、帰りたくないわけじゃないんだけど。ちょっとお前と話がしたくてさ」 「はあ」 「俺さ、男も女もどちらでも好きになったら口説くんだよね」 「そういう人、はじめて見たっす」  別に偏見があるわけではなかったが、あの時は本当にそういう人がいるんだ、と珍しいものを見る様な感覚だった。 「へえ、そう。結構いると思うけどなぁ。あ、お前下の名前なんだっけ?」 「健人です。竹下健人」 「ふーん、健人か。なあ、なんでわざわざお前の前でそんなこと言ったかわかる?」 「わかんないっす」 「お前のこと、口説こうとしてんだよ」 「え? はぁ?!」 「ほら、健人のそういうちょっと初心そうなところ。すっげえ俺好み」  そう言って笑う京次さんは普通に男で、普通にかっこいい人だ。 「いや、でも俺、女としか付き合ったことないし」 「じゃあ、親父に頼んで俺と兄弟盃を交わそう。四分六、どうだ?」 「いやいや、え? 口説くのと兄弟盃なんの関係があるんっすか?」 「そうすれば俺はお前を俺のそばに置ける。お前は俺の下につける。お前が俺に靡かなくても、お前にとっちゃ悪くない話だろ?」 「はあ……」  決まりだな。京次さんはそう言って俺の頭を撫でた。 「健人、何考えてんだよ」 「あ、いや、京次さんと初めて話した日のこと思い出してました」 「ふーん、ならいいけど」 「ならって何ですか?」 「少し黙れ……健人、愛してる」  京次さんはセックスのときは必ず愛してると言う。  痺れる様な甘さを含んだ声に目眩がする。  絶対の服従を誓いたくなるような、京次さんの声。  ローションをまとった京次さんの指がつるりと俺の中に入り込む。そのまま中で指が曲げられ、俺の気持ちいいところをピンポイントで刺激してくる。 「んんっ、あッ! 京次さん、そこ、きもちぃです」 「素直でよろしい」  素直に言うよう俺を躾けたのは京次さんなのに。それがおかしくて笑うと指が引き抜かれた。 「健人、今日はずいぶんと余裕そうじゃねえか」 「え? いやそんなことアッ、グッ!!」  突然大きな塊が突き入れられた。 「ああ、わりぃ。痛ぇか?」 「大丈夫っす……んっ、はぁ」 「健人、俺から離れるな」 「絶対、離れませんよっん、んっ」  ぎゅう、と京次さんのイザナギを抱きしめる。 「悪い、ちょっと優しくできねえ」 「いいっすよっ、あ、ふ……ああ!」 「くっ……!」  どくりと中に京次さんのそれが吐き出された。じんわりと体になじむ感じが気持ちいい。 「京次さん、さっきどうして、ならって言ったんですか?」 「んー? いや健人さあ、最近椎田さんとなんか喋った?」 「椎田さんって、若頭の?」  話しかけられる事は多いが、特に何を話したということはない。 「元気か―とか、そんな程度っすけど」 「椎田さん、絶対お前のこと好きだから、気を付けておけよ」 「いやいや、そんなことないでしょう」 「この前、俺にお前のことくれって言われたんだよな」 「え、なんて答えたんすか?」 「丁重にお断りさせてもらったよ。だけど、お前に直接手ぇ出してくるかもしれねぇから、気を付けておけよ」  さっき乱暴に抱いたのは、もしかすると嫉妬なんだろうか。そう考えるとほんの少し嬉しい。 「お前は男を誘う色気がすげえからな」 「そんなことないっすよ。だとしても、京次さんだけで十分っす」 「ホントお前って……。な、もっかい抱かせろ。次は、優しくするから」  そんなことを言いながら、またキスして、今度は本当に優しく抱かれた。

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