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第3話

   ※  目が覚めると、清潔な臭いのする部屋にいた。  からだが痛くて起き上がることができない。目だけ動かして周囲を確認していると、見知ったマル暴の刑事がそこにいた。 「お、目ぇ覚めたな」 「京次さん、は?」 「起きて最初に兄貴分の心配か。ま、いいや。八幡のやつは死んだぞ。あと、お前んとこの会長もな。あの現場で助かったのは竹下、お前くらいだ。そんでお前は、銃刀法違反と殺人で……まぁ仮釈放ついて長くて10年か、8年ってところだな」  やはたのやつはしんだぞ。  やはたのやつはしんだ。  あの時腕に感じた重みは、やっぱりそういうことだったのかと、そう理解した瞬間何も考えられなくなった。 「どうでも、いいです」 「お、カタギになるか? 支援団体もあるから、そこ紹介してやるよ」 「カタギとか、そういうのも……もう、どうでもいいんです」 「……そうかい」  身体が回復して、簡単な形式だけの裁判のあと、俺は懲役15年と言い渡された。  刑務所のなかで、起きてる間は無心で過ごしたし、たくさん働いた。  どうしても、ということがない限り言葉を発しなかった。  寝ている間だけが、いとおしい思い出に包まれる、幸せな時間だった。    ※  あれから京次さんは俺のことを口説くと言いながら、それっぽいことは何もなかった。ただ冗談を言われていたのだと、思っていた。  別に口説かれたいわけでもないし、俺は男と付き合う気もないからそれでいい。  それでも、京次さんについて過ごしていると、八幡京次という男は憧れる存在だった。  極道が生き辛いこの世の中で、太いシノギを持っている。喧嘩も強い。組の中で誰もが一目置く存在だ。  男が惚れる男、というのはこういう男のことを言うのだろう。 「あの、兄貴」 「兄貴じゃなくて、下の名前で呼べっていったろ?」 「……京次さん」 「よしよし。で、なんだ?」 「前、俺のこと口説くって、言ってましたよね」 「おお、言った言った。それが?」 「いや、えっと」  俺は何を言っているんだ。そんな言い方をしたら、口説いてくれと言っているようなもんじゃないか。 「なんだ、健人。俺に、口説かれてくれるのか?」  拳骨にタコのある手で頬を撫でられ、その手があご下へ滑る。京次さんの親指が俺の唇を撫でた。  京次さんの視線が熱い。口の中に唾液が溜まる。それを嚥下する音が大きく身体に響く。 「口説かれる気になったなら、ついて来い」  顔に触れられた手が去ると、京次さんは事務所の外へ出て行った。バタンと扉が閉まる音に、俺は慌てて京次さんについて行った。  外に出ると京次さんは車に乗り込んでいるところだった。 「兄貴!」 「名前」 「っ、京次さん。ついてって、いいですか?」 「おう、そこ乗れや」  京次さんはあごで助手席を指した。俺は「失礼します」と断りを入れ助手席に乗り込んだ。 「あの、聞いてもいいっすか?」 「なんだ?」 「その、口説くとかって、俺のこと、そういう意味でってことで合ってますか?」 「ああ、好きって意味だ」  嫌味もなくさらりと答える。京次さんは前を向いて運転したままだ。 「なんで、俺なんですか? 正直ペーペーの若造だし、釣り合わないっすよ」 「恥かしい話だが、これは単純にひと目惚れってやつだ。お前が入ってきてからずっと見てた。ほら、最初お前の世話してた奴にいびられても最近じゃ珍しく素直でさ。一生懸命便所も掃除して、それでいつも笑顔だろ? たまんねぇよ。親父に無理言って盃交わして、近くに置けばやっぱり可愛くて、守ってやりたくなるっつーか、なんだろうな。あとは、すっげぇいい目をしてんだ」 「あの、もういいです。大丈夫です」  かっこいい顔でこの人は何を言っているんだろう。聞いているだけで恥かしい。しかも全部俺のことを言っているなんて思えないくらいにベタ褒めだ。 「そうか? 俺はまだ語れるぞ、お前のこと」  京次さんは笑いながら車を飛ばしていた。  少し走った旧国道沿いのラブホテルの前で車が止まる。 「この中入ったら、俺は絶対お前を逃がさねえ。意味、分かるな?」 「はい」 「この中でなにするか、分かるよな?」 「はい。あの……それって痛い、ですか?」  俺の返事に京次さんは大声で笑った。 「優しくする」  京次さんはそう言うと、もうなにも聞かずに車を発進させた。車はガレージの中へ吸い込まれていく。  ベッドとユニットバスしかない簡素な部屋。ベッドに座るよう促され、言うとおりにすると、京次さんも横に腰掛ける。 「脱がすぞ」  着ていたジャージを丁寧に脱がされる。全部脱がされたあと、うつ伏せに寝かせられた。 「きれいな背中してるな」  まだ何も入っていない背中を優しく撫でる手が気持ちいい。撫でられる猫や犬はこんな気持ちなんだろうか。ぼんやりとされるがままでいると、京次さんが撫でる手を止めた。 「健人、ここにイザナミを入れてくれるか?」 「え?」 「俺の背中にはイザナギが彫ってある。イザナギとイザナミは夫婦だ。古事記ではイザナギは黄泉の世界からイザナミを連れ帰ることが出来なかったが、俺は必ず連れ帰る。どうだ、入れてくれるか?」  ツゥ、と背中に京次さんの爪が這う。 「その口説き文句、惚れた人みんなに言ってるんっすか?」 「いや。健人、お前だけだ」  背中に柔らかいものと、京次さんの髪の毛が当たる。背中にキスをされている。 「俺、入れます。イザナミ」  なんてことない、気障な口説き文句だ。この返事が正解かどうかはわからない。けど、それしか言えなかった。 「いい返事だ」  そう言って京次さんは笑うと俺を仰向けにしてキスをした。口の中に入り込んだ舌が熱く絡み、腰が痺れる。 「う、あ……んっ、はぁ」  ふわふわとした気持ちよさに力が抜ける。 「そのまま、力抜いてろ……そう、いい子だ」  そう言いながら京次さんは俺から離れて服を脱ぐ。綺麗に入った京次さんの背中のイザナギが眩しかった。

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