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第2話

僕らの出会いは去年の12月。 インターンシップで今の会社に来ていた時のこと。 「氷室くん、ちょっと彼のこと見てあげて」 上司に手招きされ、いかにも嫌そうな顔をして来たのが氷室先輩だった。 だぶっとしたパーカーのポケットに両手を入れ、斜めに構えて俺を見ている。 縮れた黒髪は後ろで結わえているだけで、ヘアブラシも通していなさそうだ。 顔は色白でいかにも不健康そう。 けれども立ち姿がサマになって見えるのは、高い鼻梁とすらりとした体つきのせいかもしれなかった。 「××大学から来た楠木直哉です。よろしくお願いします」 恐る恐る挨拶しても、先輩は何も言わなかった。 猫背のまま、僕を見てあくびをひとつ。 「……で?」 「で、って……」 「いま課題かなんかやってるんだろ?」 「ああっ、はい!」 モニタの前を空け、1日がかりで組んだ会員登録システムを見せる。 「これ動いた?」 「はい、動作チェックをしてたところです」 「ふうん」 先輩はファイル構成と中身をさらっと確認し、鼻の頭にしわを寄せた。 システムが無事に動いたことで僕は誇らしい気持ちだったのに、先輩は不満そうだった。 「あの?」 表情を窺うと、デスクに片腕をついてモニタを見ていた先輩がこっちを向く。 「無駄」 「はい?」 「ここも、ここも。ここから下も要らない」 先輩は立ったままキーボードを叩き始める。 それから数分でコードを書き換え、ふらりとどこかへ行ってしまった。 (……え、これ?) 同じ動作をする実行ファイルがふたつ。 けれども先輩のはコードが圧倒的に短くてきれいで。 彼の言っていた「無駄」という言葉の意味を、僕は思い知らされた。 * 「あの、すみません」 空き会議室でテーブルに伏せていた先輩を見つけ、思い切って声をかける。 「なに」 寝ているのかと思ったけれど、先輩は首を傾けて僕を見た。 前髪が額をはらりと滑り、血管の浮いた広めの額が覗く。 相変わらず不機嫌そうな目つきが怖かった。 (どうしよう。声かけちゃったから聞くしかないのか) 僕はビクビクしながらも口を開いた。 「いくつか質問してもいいですか? さっき書いてくださったもののことで」 「いいけど、どこ?」 先輩はテーブルから顔を上げる。 「まず最初の分岐のところで……」 それから僕はいくつか質問し、先輩はほとんど単語だけの短い言葉で返してきた。 なんというか、独特のしゃべり方をする。 始めはそれに戸惑ったけれど、先輩は聞いたことには的確に答えてくれていた。 いろいろと分からなかったことが分かってホッとする。 それからもうひとつ気づいたこと。 「そこは47行目と一緒」 「47行目??」 (今ここにPCがないから分かんない!) 僕は慌ててメモ帳とペンを出す。 先輩の頭の中には、目で見たものがそのままコピーされているみたいだった。 この人は一種の天才なんだと思う。 (せっかくだから、いろいろ聞いちゃおうかな) 臆病な僕を積極的にするほど、先輩との出会いは新鮮でワクワクするものだった。

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