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第8話

「……あっ、ああっ!」 なんの準備もなく、いきなりされるとは思っていなくて驚く。 「なんでこんなっ」 とっさにつかまるものを探し、両手両脚が宙に浮いた。 そんな僕の体の奥へと、先輩は己を進めてくる。 「お前なしじゃ無理だ」 「そんなことっ、言われても!」 強引に分け入ってくる存在に、体が壊れそうな痛みを発した。 「嫌です、やめて……」 「なんでもするので、俺のものになってください」 (……えっ?) やることは強引なくせに、先輩の声は小刻みに震えている。 見るとその顔は、泣きだしそうな子供みたいだった。 「ずるいです、そういうの……」 僕は痛みに耐え、先輩の首に腕を回す。 体を密着させると、速い胸の鼓動と怯えるような震えが伝わってきた。 先輩が、震える吐息を言葉に変える。 「お前のさ……目を見て話すところが好きなんだ。それからメモを見返す時の顔。”お疲れさまです”の、”で”の発音」 そんなところが好きなんて、まるで恋してるみたいじゃないか。 先輩はまだ続ける。 「あと、俺なんかのワガママを真面目に聞いてくれて……。そういうのは残酷だろ。優しくされたら、どうしたって期待する」 「先輩……」 「拾ったペットは、最後まで責任持って飼育すべき」 「先輩はペットだったんですか」 泣きながら、思わず笑ってしまった。 先輩が甘えるように腰を使い始める。 「ペットでいいから……少しは俺のこと、好きになれよ」 「ああん……せんぱい……」 今までこれで気持ちよくなったことなんかなかったのに……。 気持ちが通じ合うと違うんだろうか。 僕は甘い疼きに耐えかねて、自分からも腰を揺らした。 「んんっ、くすのき……」 先輩の声が、今まで聞いたこともないような甘い響きを帯びている。 「先輩、僕だって好きなんです」 「ほらみろ、そう思ってたんだ」 首の後ろに笑う吐息がかかった。 「先輩が悪いんですよ? お尻のことしか褒めてくれないから」 「悪い、口下手で」 「プログラミング言語なら誰より使えるくせに……んんっ」 「はぁっ、誰だって得意不得意があんだろ」 そうだ、それでいいんだ。 僕はまだ仕事が得意じゃないけれど、これから頑張って、大好きな先輩に追いつきたい。 そのためにも、甘えるところは甘えよう。 先輩が甘えてくれるみたいに。 「なあ、楠木」 僕の肩口に埋めていた顔を上げ、先輩がふいに目を見つめてきた。 「なんですか?」 体は繋がったまま、僕は先輩の甘い視線を受け止める。 「そのうちここを出て、俺と一緒に住まないか?」 「え……?」 思わぬ誘いに、僕はただまばたきを繰り返した。 先輩が僕の額を優しく撫でながら続ける。 「ここじゃ人目もあって、そんなに行き来できないし。それにお前、ヤる時の声がデカいから」 「……!? そんな理由?」 恥ずかしくて顔がカッと熱くなった。 「いや、声は普通ですって! 先輩が強引にしたりしなければ」 そうだ、僕のせいじゃない。先輩が悪いんだ。 「だったら試してみるか。精いっぱい優しく抱いてやったら、お前はどんな声で泣くのか」 さっきは”なんでもする”なんて言ってたくせに、この人はもう悪い顔をしていた。 「カンベンしてくださいよ」 「嫌だ、カンベンしてやらない」 逃げようとしても、ベッドの上で押さえ込まれる。 体はまだ繋がったままで、擦れた内側がきゅんきゅんと疼いた。 (ああ、まさか先輩とこんなことになるなんて……) 僕は、好きになった人の顔を仰ぎ見る。 5月。甘い新生活は、まだ始まったばかりだった――。

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