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第一話 菖蒲の巻(前編)
日が沈む頃この見世は賑わう
幸せを求めて花を買う
人々は言う。「醒めない夢、ここは楽園(てんごく)」と__
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お兄さんちょっと寄ってかないかい? この見世は綺麗な花が咲いてるよ
おや、あんた此処に来たのは初めてか?なら新人のあの若いのはどうだい? 最近やっと客を取り始めた奴さ
まだまだ初心で可愛らしい花だ
名は『菖蒲(あやめ)』という
また憂鬱な時間がやってきた。溜め息をついて嵌められた格子を隔てて足を止めた男達と向かい合う。わざわざ自分達を見に訪れた男、客寄せの声に振り向いた偶然通りかかった男、友人に連れてこられたと思しき男等が好奇の眼でこちらを見てくる。気持ち悪い。さっさと立ち去れという念を込めて俺は片っ端から睨みつけた。
「おいおい、そんなんじゃ嫌われちまうぜ?もっと愛想よくしろよな」
そう言って黄色い着物を着た青年が俺の隣で見物人に笑顔を向けた。俺より四つ上の花魁である向日葵だ。
「それは好都合。むしろ好かれたくないんで」
「何言ってんだ。客に嫌われたら食っていけないだろうが! ほら手え振れって」
「やめろっての!」
掴まれた手を振り払うと不満げな顔をされた。こ向日葵には昔から世話になっているがこういう事に関してだけは口を出されたくない。
「菖蒲だって笑えば絵になるのに……ま、俺には全然及ばねえけど」
「…………」
「ほら、俺は見ての通り男花魁一の美男子だろ? だからちょっと微笑み掛ければすぐに客が寄ってくる」
自慢気に見物人と目を合わせる。見物人のうちの1人が客寄せに話し掛けた。きっと向日葵を気に入ったのだろう。暫くしてから禿の京介が此方へと入ってきた。
「向日葵さま、お客様が上がられました」
「はいよ、今行く」
そのまま向日葵は京介の後について奥へと行ってしまった。見物人は名残惜しそうにその背中を見送る。
その後も一人、また一人と廓に客が上がった。その度に禿や廓に従事する男等が花魁を呼び、部屋へと導く。俺は張り切る花魁達を見送りながら自分が呼ばれない事を祈った。
「菖蒲さん、ご指名です」
京介が俺を呼んだ。この瞬間ほど絶望的な事はないだろう。今日はどれだけ穢されるのか……昨日を思い出すだけでも鳥肌が立つ。チッ、と舌打ちして立ち上がった。
「あの、ご、ご案内します……」
目を合わせずに京介は言った。京介は俺を怖がっている。この態度が子供を怯えさせる事は自覚しているが自分の事だけでも余裕がない俺は京介を気遣える筈がない。
「此方になります」
「間違ってるだろ」
案内された部屋はいつも俺や向日葵達が使うような部屋ではなく、人気が高く高額で身を売る、謂わば上級花魁の部屋だった。俺が身を置くこの廓、華乱(からん)の上級花魁はタチとネコ一人ずつ。目の前のこの部屋はタチの上級花魁である紫陽花様の部屋だった。
「ま、間違えてないです。確かにこのお部屋へお通しするように言われました。ちゃんと確認しましたから!」
「仕方ない。入るか」
信じるしかない俺は京介に下がるように言い、正座でつま先を立てた跪座の姿勢のになり、ふう……と一つ息をついて障子戸を開けた。部屋の中には一人分には大きい布団が敷かれており、その側に潤滑剤の瓶と感染症を防ぐ為の避妊具を入れた木製の小箱が置いてある。部屋の奥には一人の男が居た。
「ご指名ありがとうございます。菖蒲と申します」
下座へと進み、三つ指をついて一礼する。客はいかにも裕福そうな中年の男だった。
「これは随分と若いのがいたもんだ。あんた、幾つだい?」
「今年十八になりました」
「そーかそーか」
目の前の客は、場違いな俺の様子を気にする事なくはっはっはと笑った。部屋がきらびやかで居心地が悪い。いつもとは違う意味で逃げ出したい。その後も布団を挟んだ距離を保ったまま、仕事には慣れたのかだの、仲のいい花魁は誰かだの、そんな会話ばかりが続く。
「ご歓談中失礼します。お待たせ致しました」
部屋の雰囲気に慣れた頃障子戸が開き、俺よりも何倍も豪華な着物を着た男が入ってきた。切れ長の眼にさらりとした腰まである黒髪、色白の肌。慣れた手つきで障子戸を閉め堂々と此方へと歩いてくる様は上級花魁の肩書きに相応しいものだった。
「紫陽花様……」
「紫陽花"様"ではないでしょう?」
「すみません、紫陽花さん」
頭を下げて訂正すれば紫陽花さんはにっこりと微笑む。花魁に様付けで呼ぶのは禿時代のみ。花魁になれば年齢や経験値の差があれ、そこに上下関係は存在しないというのが華乱のしきたりだ。
「まあ、揃った事だし始めようや」
「ええ」
「な、何するんですか?っていうか、俺要らなくないですか?」
俺は未だに此処に通された意味が分からない。二人とも平然としているから部屋を間違えた訳ではなさそうだ。
「嗚呼、まだ話していませんでしたか。一條様は花魁同士の営みを見たいとのことで菖蒲を呼んだのです」
今日の客は一條様と言うらしい。
「しかし何故俺を?」
「あんた……菖蒲だっけか?華乱で一番の花魁があんたを抱くところを見たくてなあ」
「此処で一番のタチ花魁が私ですが、正規に指名されたのは菖蒲ですよ」
紫陽花さんの物言いはまだ優しいものの、その目は「いいから黙って抱かれろ」と言っている。俺は嫌だ、という言葉を飲み込んだ。紫陽花さんにはトラウマしかないんだ。花魁が客を取る前に済ませる"初めて"は上級花魁が相手をする。俺を抱いたのは紫陽花さんだった。嫌だと泣き喚き、逃げ出そうとする俺を紫陽花さんは力づくで押さえつけて奪った。思い出しただけでも身震いする。
「何をしている? 早く此方へ」
少し苛立ったように紫陽花さんはぽすぽすと布団を叩いた。俺は恐る恐る布団の上へと進む。グッと紫陽花さんに引き寄せられ、そのまま口づけられる。
「お前が良い子にしていれば手酷くはしないよ」
紫陽花さんにまるで肉食獣のような眼で見られ、これから起こる事への恐怖と触れられた手のゾワリとした感覚に肌が粟立った。
「ん……ふ、あ……」
始まって数分が経っただろうか。何度も口づけられ、舌を絡められるうちに力が抜け、じんわりと身体が火照ってきた。押し倒されて再び唇を重ねる。
やがて口づけは頬、首筋へと落とされ、同時に器用に着物の帯も解かれた。
「あ、紫陽花……さ……」
あっと言う間に着物を全て肌蹴られ、さらに鎖骨、胸元を吸われる。
「あッ……」
胸の突起を吸われ、身体がビクついた。下腹部にも熱が集まってくるのが分かる。紫陽花さんは舌で片方を優しく舐り、もう片方を指で弄ぶ。時折上目遣いでちらりと此方を見上げられ、それが更に俺を欲情させる。
(早く、触ってほしい……)
「どうした? 見間違えるほど欲深くなったじゃないか」
そわそわと両足を擦り合わせる俺を見て紫陽花さんはクスリと笑う。
「俺の……触ってください」
意識したわけじゃない。自然とそう口から漏れた。嫌悪感すら抱いていたこの行為に、初めて自ら強請った。何処を、とは言わなかったのに紫陽花さんの手は俺が望んだ部位に伸びる。そして下着越しに軽く握られた。
「あ、んん……っ」
そのまま優しく扱かれ揉みしだかれ、紫陽花さんの手の動きに合わせて声が漏れる。
「ほら、折角ご指名を頂いたんだからしっかりと見せて差し上げなさい」
「ッ……」
紫陽花さんに夢中になっていたせいで一條様の存在を忘れていた。今までの行為も紫陽花さんを欲した声も当然全て見られ、聞かれていただろう。促されて一條様を見れば黙ったまま欲を帯びた眼で俺を見ていた。
「如何です? 菖蒲がここまで蕩けた表情を見せるのは恐らく初めてですよ」
「ああ、続けてくれ」
興奮を隠しきれない様子で一條様は言った。緩みきった頬が紫陽花さんと俺の行為に満足していることを物語っている。
「畏まりました」
紫陽花さんは返事をすると同時に帯を解き自分の着物を脱いだ。途端に陶器のように白く、引き締まった身体が露わになる。
「ほう……」
一條様の感心した声が聞こえた。初めての時は紫陽花さんの身体を見る余裕が無かったが、こうして眺めると逞しく、彫刻のように美しいと思う。俺のただ細いだけの貧相な身体とは大違いだ。
「男性の体重を支えられるように鍛えているのです。まさかこの菖蒲を押さえつけるのに役立つなどとは夢にも思いませんでしたが」
紫陽花さんは俺と一條様の視線に気付いてそう言った。確かに、この腕から逃げ出そうとしてもびくともしなかった。抱きしめられれば身動きは全く取れなかった。
「さて……」
おもむろに着物と下着を剥ぎ取られ、足を大きく開かされた。一気に恥ずかしさが込み上げ思わず顔を背ける。紫陽花さんはそれを咎めることなく、車厘状の潤滑剤を手に取り指に馴染ませていく。俺が逃げ出したくて堪らないのを見透かしているのか、片方の手でしっかりと足を掴まれている。さんざんに愛撫されて火照った身体を放置され、ただ二人分の視線を感じるだけのもどかしさに泣きそうになる。
「ひッ……あ、あ」
急に紫陽花さんの細い指が後孔に入り込んだ。潤滑剤の効果もあり、あっと言う間に二本の指が俺のナカに収まる。
「や、あ……んッ……あぁッ」
身を捩っても紫陽花さんの手首を掴んでも指は動きを止めず、不規則に中を掻き回し続けている。掴んだ手に力を入れれば更に激しく指を動かされ、一気に快感が押し寄せてきた。
「一回先にイッときな」
「いや、や……ああああっ」
紫陽花さんに促されるまま、俺は白濁液を吐き出し、漸く指が引き抜かれた。
「はあ、やっとか……」
下着も脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿となった紫陽花さんは素早く避妊具を装着し、そのまま美しさに見合わぬ程猛々しくそそり勃ったそれを俺の後孔に宛てがった。その瞬間、以前の行為を思い出し先程まで忘れていた恐怖が一気に俺を支配する。
「いや……だ」
紫陽花さんに上半身を起こし逃げ出そうとした俺の腰を掴んで引き寄せられ、そのまま容赦無く貫かれた。
「いッ、ああああああっ」
それでも既に複数人の男を知っているそこは念入りに解されたせいもあり、簡単に紫陽花さんのを飲み込んだ。
「良い子にすれば手酷くしない。そう言ったでしょう?」
若干怒気を孕んだ声に思わず身震いする。愛撫のときとは打って変わって冷たい眼をした紫陽花さんは逃がさないと言うように強く俺の腰を掴む。
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