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第一話 菖蒲の巻(後編)
怖い__でもそれ以上に自分の中で何か上手く言い表せない感情が生まれた。
「それとも私に乱暴に扱われたい?」
優しくしてほしいと言いたかったのに、紫陽花さんの言葉に素直に頷いてしまう。冷ややかな眼で見下したまま口元を歪めてニィ……と笑った紫陽花さんを見て何故か胸が高鳴った。
「お前がそんなにはしたない子だとは思わなかったよ菖蒲。嗚呼……私がそうしたのか」
紫陽花さんに強引に奥へと擦り付けられる。あの長い指ですら届かなかったそこはまだ狭く、紫陽花さんはきつそうに顔を顰めた。
「んああッ、そこ……」
「此処?」
奥の一点に触れられ、ビクリと腰が浮いた。俺の反応を見た紫陽花さんはぐりぐりとその箇所に押し付け続ける。
「そこばっか、やだ……」
「やだ、じゃないでしょう? 痛いくらいに締め付けているくせに」
「菖蒲、あんたから強請ったらどうだ? ほれ、さっきみたいに」
一條様に言われ、俺はふるふると首を横に振った。恥ずかしくて、欲に負けて触ってほしいと言った数分前の自分を恨む。
「気持ち良くなって忘れたかい菖蒲? お前を支配しているのは私ではなくて一條様だよ。ちゃんと一條様の言う事を聞きなさい」
言いたくないと口を噤む俺に紫陽花さんが叱るように言った。ここで逃げられないのは理解っている。俺は観念して口を開いた。
「っ……もっと……紫陽花さんので気持ち良くしてください……」
紫陽花さんは反応を伺うように一條様を見た。早く、欲しい。このまま今すぐ紫陽花さんので俺のナカをぐちゃぐちゃにされたい。一度口に出したことでよりいっそう快楽を欲してしまった。
「紫陽花さん、お願いします、ッ……早く」
「今のあんたが格子の内側で俺を睨みつけていた花魁と同じとは思えんな」
「ごめ……なさい、ごめんなさい」
俺は夢中で一條様に謝った。そんな俺を嘲笑うように紫陽花さんから与えられる僅かな刺激が辛い。
「……まあ良いだろう。紫陽花さんもそろそろ限界なんだろ?」
「ありがとう御座います」
一條様の許しに紫陽花さんは軽く頭を下げ、それから一気に引き抜き、再び力任せに突き刺した。
「は、ああんッ……んあ、あッ……あ」
壊れて可怪しくなってしまいそうなくらい気持ちいい。容赦無く与えられる快楽に、頭も身体も紫陽花さんでいっぱいになってただ喘ぐことしかできない。がむしゃらに腰を打ち付けられ、部屋に俺の声と肌を打つ音が響く。俺が耐えていたのと同じように紫陽花さんもお預けを喰らっていたからだろう、先程までの余裕など一切無くひたすらにナカを犯される。
「も……むり、あんッ、は、ああっ、やあッ」
「菖蒲、イきますよ、っ」
「はい、っあ……」
自分が達したのと同時に避妊具越しにナカに吐き出された感覚があった。
「はあ……はぁっ……一條様、如何でしたか?」
数秒程で身体を引き離し、事後処理をしながら紫陽花さんは訊ねる。一條様は興奮した様子で手を叩いた。
「素晴らしい! 最高だったよ」
「それは良うございました。揚代を上乗せして頂ければこのままお相手致しますが如何ですか?」
肩で息をする俺を放って紫陽花さんは裸のまま一條様のもとへ擦り寄った。散々俺を抱いたのにまだ休憩無しでやるつもりか。それでも別に底無しの体力も精力も羨ましいとは思わないしこのまま二度目に入りたくはない。
「いいや、今日はこれでお暇するよ。ありがとう」
そう言って一條様は二つの厚さの違う封筒を取り出し、俺達に一つずつ渡した。中身はきっと金だろう。
「ありがとうございます……」
「ありがとう御座います。外までお見送り致します」
「いやいや、此処で結構。なんせ使用人に黙って来たからなあ。こっそり出ていくよ」
一條様ははっはっはと豪快に笑いながら部屋を出て行った。恐らく京介か誰かが出口まで案内するだろう。重い身体をどうにか動かして着替えようとすると「チッ」という短い舌打ちが聞こえた。
「紫陽花さん?」
「本当に見ただけで帰るとは! あれだけ煽ったんだ。もっと巻き上げられるかと思ったのに……」
「………………」
その変わり身の速さに言葉が出ない。
「……まあ良いでしょう。次だ次! お前はもう出て行きなさい」
まだ帯も締めていないのに追い出された。
「嗚呼、それと今日はさっさと清めてもう一人客を取りなさい。いいね?もし取れなかったら私が抱いてやるから」
勿論お代は頂くよ、と言ってぴしゃりと障子戸を閉められる。此方が口を開く余地も無い。俺は溜め息をついた。とりあえず軽く湯浴みを済ませてしまおう。後で怒られて何を言われるかわからないし、まだ暫く見世は閉まらない。
数日後__
「菖蒲お前またそんな顔してんのかよ? 最近珍しく自分から二人目の客を取ったってのに」
「だから何だ?」
相変わらず向日葵は俺の態度が気に食わないようだ。
「てっきりこの間何かあって改心したのかと思ったんだが」
この間、というのはきっと俺が紫陽花さんに抱かれた日の事だろう。互いに言いふらしたわけではないが新人の俺如きが上級花魁の部屋へ上がったら何かしら察するものだ。後から知ったが花魁同士の行為を望む客も少なくないらしい。
「変わった……と言えば変わったな。これが俺のやり方だ」
俺は格子越しに見物人を睨みつける。向日葵はじっと俺の顔を見てそうか、と呟き、見物人に笑いかけた。
「菖蒲さん、お客様が上がられました」
此処で働いているのだろう男が俺を呼ぶ。
「ああ」
俺は立ち上がって見物人に背を向け、奥へと進む。
「今日はさっさと清めてもう一人客を取りなさい」
紫陽花さんの言葉の意味はすぐに判った。俺は優しく扱われるだけでは満足できなくなったのだ。紫陽花さんは俺のこの身体が乱暴に暴かれて喜ぶ事を、俺よりも先に気がついた。口で告げても俺が受け入れない事も知っていたんだろう。だからその日のうちに身を持って証明させられた。
「お部屋は此方になります。どうぞごゆるりと」
案内の男は一礼して立ち去った。その背中を見送って障子戸の前に跪座の姿勢で一つ息を吐く。客の顔を想像しただけで身体は疼き、口角も上がった。
それを客に悟られないよう気を引き締めて障子戸を開け、一礼する。
「ご指名ありがとうございます。菖蒲と申します」
日が沈む頃この見世は賑わう
幸せを求めて華を売る
花魁は言う。「醒めない夢、ここは楽園(じごく)」と__
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