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第ニ話 向日葵の巻
「君の笑顔はまるで太陽のようだ」
「えへへ、暖かい?」
「うん、暖かいよ。だから僕と一緒に来てくれないか? 君は此処で一人寂しい思いをしなくて済むんだ」
「ほんと?俺、寂しくない? お兄ちゃんも居る?」
「勿論。ただちょっと良い所じゃあないんだけど……」
ふと、昔の事を思い出した。親を喪って独りだった俺を拾ったのは華乱の楼主、柊だった。ぼろぼろの服を着た痩せて小汚い俺を見つけて此処へと連れてきてくれた柊には感謝している。此処に来てから俺にも友達が出来たし、十八で花魁になってからは色んな人が俺を見てくれる。そして"お客さん"は皆口を揃えてこう言うんだ。
「君は格好良いね」
「あんたは誰よりも綺麗だ」
ってね。だから俺はこの仕事も好きだ。それに客に好かれていればお金を貰えるから、食べる物にも着る物にも困らない。
あの頃に比べれば今でも贅沢していると思うしそれなりに楽しく暮らしている。でも、俺には唯一満足できない事があるんだ。
「上級花魁になりたい……此処で一番になりたい」
「何を言ってんだい? お前さんは此処の一番人気だろうが」
情事の後、客の前でついうっかり零してしまった。目の前の客は徳永様という、もう何年も俺を買ってくれる馴染みの客だ。
「だけど今の俺は只の花魁だ。もっと上に行きたい。あいつ……桜よりももっと……」
「それは困るなあ……お前さんが今より人気が出ちまったら俺が買えなくなっちまうだろう」
そう言って徳永様は俺に口付けた。徳永様の首に腕を回せばそのまま優しく抱きしめてくれる。
「向日葵……もう一回抱かせてくれないか?」
「いーけど揚代は大丈夫?」
一応仕事だからちゃんと聞いておく。そこの線引きはしっかりしていないと後で他の客との諍いになるからだ。終わりの気配がないから多分大丈夫なんだろうなとは思うけど。
「向日葵、向日葵……」
額、指先から足の爪先まで全身に唇を落とされ、時折舌が這う。
「ん、さっきまでしてたんだから、ッ……いいのに」
「そう? じゃあ挿れるよ」
挿れやすいように自分の膝を抱えて足を大きく開く。すぐに熱いものが尻に入ってきた。さっきまで受け入れていたから痛みはなく、熱とゾクゾクした快感に包まれる。
徳永様が避妊具越しに二度目の精を放って身体が離れた。
「じゃあまた来るよ」
いつものように着物を着直した徳永様は俺に剥き出しの札束を渡して頭を撫でてくれた。
「いつもありがとう」
「うん、やっぱりお前さんは笑ってる顔が一番良いなあ。癒やされるよ」
「ちょ、髪の毛ぼさぼさになるだろ」
そう言っても徳永様はがしがしと俺の頭を乱暴に撫で回す。
「向日葵が仕事が辛いって言うんなら見請けしてやりたいんだがなあ……こうも生き生きとされちゃあ攫ってくる訳にはいかんな」
毎回のように徳永様は俺にそう言う。側に居てほしいって思ってもらえるのは嬉しい。だけど
「駄目だって。俺は此処で上級花魁になるって決めてんだから」
俺はいつもこう返す。これは俺の本音だ。
「わかってるよ」
やっとひとしきり撫で続けた手が離れた。徳永様はまたな、と言って廓を出ていく。見えなくなるまで背中を見送ってから、一休みしようと一度部屋へと戻ろうとすると部屋の前に京介がいた。
「向日葵さま! お疲れ様です」
「おう。ありがとな」
京介は禿の年長組の一人で今年十六になる。俺に懐いてくれているようで人懐こい笑顔でいつも俺の世話を焼きにくるから弟のように可愛がっている。いや、可愛い自慢の弟だ。
「もう湯浴みはされましたか?」
そう言ってタオルを差し出してきた。
「や、まだこれから。これ持ってくよ」
京介の手からタオルを受け取るとよりいっそう笑顔が輝く。
「はい! 行ってらっしゃい」
「ん」
風呂場へと向かおうとすると真っ青な顔の地味な服を着た男とバツが悪そうな花魁の昼顔と、機嫌の悪そうな柊と客らしき若い男が居た。珍しい面子が揃ってるな。興味半分で近寄ったら地味な服の男が慌てた様子で声を掛けてきた。
「京介さん! 夕顔さんをお通しした部屋は何方ですか?」
「夕顔さんそちらにいらっしゃるじゃないですか」
俺は首を傾げる京介に告げた。
「京介、そいつは昼顔だぜ」
京介は「へっ!?」という声をあげる。無理もない。昼顔と夕顔はそっくりな双子なんだから。華乱で見分けられるのは俺くらいだ。他の皆は着物の色で二人を見分けているらしい。双子を見分けられるのも俺の特技の一つだ。
「着物交換して入れ替わってたらお客様にばれちゃった」
昼顔は反省する様子もなく舌を出した。ばれた結果がどうなったのかは柊の額の青筋で大体分かる。柊に御愁傷様……と心の中で呟いた。
「えっと、ひるが……夕顔さまは此方の廊下の一番奥の左手側のお部屋です」
「ありがとう」
柊は珍しくにこりともせずにお礼を言いながら京介が指差した方へと歩いていった。右手はしっかりと昼顔の首根っこを掴んでいる。
「あいつらいつまで経っても馬鹿だな」
「桜さま」
「桜? 何油売ってんだよ?」
すぐ側で声が聞こえたと思ったらいつの間にか上級花魁の桜が立っていた。いつから居たのかはわからんが多分さっきの様子を粗方見ていた筈だ。
「油売ってるんじゃない。湯浴みに行こうとしたらお前等に遭遇しただけだ。お前こそ何時まで此処に突っ立っているんだ」
「俺だって今から湯浴みするんだよ! 着いてくるな」
俺は桜に背を向けて早足で歩く。俺達は仲が悪い、というより俺が桜を嫌っている。理由は簡単、あいつがネコの上級花魁だからだ。
「着いてくるなって言われてもな……」
当然、行き先は同じだから俺の後ろを歩いてくる。
桜とは目を合わせずにさっさと湯浴みを済ませて着物に着替えた。このあと俺はもう一人二人客を取るつもりだ。今月こそこいつを越えてやる。そして絶対に俺が上級花魁になってやる。部屋に戻る前、俺はくるりと桜の方を振り返った。
「ぜってー俺が此処で一番になってやる!」
「その宣言は何度目だ?」
そう言いながらも、桜は俺を馬鹿にしたことはない。いつも真っ直ぐ俺に向き合ってくれる。そういうところは嫌いじゃない。
「せいぜい頑張れよ、向日葵」
俺は華乱で上級花魁になりたい。いや、なってみせる。だけど予想もしない形でその夢が叶うとは思わなかった___
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