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第十二話 葵の巻(後編)
「やっ……」
「嫌ですか?」
「あっ、えっと、すみません」
「良いですよ、ゆっくりしますから。向日葵に手を握ってもらいますか?」
菫様につられて部屋の入り口の方を見ると、向日葵様が静かにこちらを見ていた。俺が部屋に入ったときからずっと見ていたのを忘れていた。カッと一気に自分の頬が熱くなる。その隙に菫様に首筋を舐められた。
「ひゃあ……あ」
喉、鎖骨を菫様の舌が這い、手で胸の頂を弄られる。初めは触られたのに吃驚しただけだった筈。なのに……
「あっ、や……あぁ」
触られたところがびりびりしてくる。執拗に触られ舐められ、だんだん変な気持ちになってきた。
「ふふ、やっと気持ち良くなってきましたか?」
「ちょ、そこ触るのは駄目です」
「駄目ではないでしょう? ちゃんと勃っているじゃないですか」
布の隙間から手を入れられ、緩く扱きながらがら指摘され、恥ずかしさでつい顔を背ける。
「背けないで、ちゃんとよく見てください」
「嫌です、恥ずかしい……ッや!?」
「じゃあ見なくてもいいです」
丸裸にされ、足を開かされた。菫様の手が俺の臀部を撫でる。
「あッ、や……ぁ」
濡れた指が後孔に入ってきた。無理矢理ではないが、中を広げるように指が動いている。
「うん。ちゃんと慣らしてきましたね」
「あ、ゆび、なか……あぁ」
「痛いですか? それとも気持ち良いですか?」
「気持ち、いい……です」
言いつけどおり、一週間前から自分の指や向日葵様達に手伝ってもらって中を解し続けていた。水揚げの時に痛くないようにする為だ。今まではそんなに気持ちよくなかったのに、何故かぞわぞわして、もっと刺激が欲しくなる。
「んッ……う、ァあ」
「良いでしょう? ここ、これからもっと気持ち良くなるんですよ」
「もっと……?」
「中が疼いてひくひくしているのが分かりますか? 今からここに指よりも硬くて大きいものを挿れるんです。ここをぐっと押し広げて、奥を擦って、ね」
「あッ、あぁ、やあ……」
菫様が中の壁を指で擦る。それが凄い気持ち良くて、つい逃げるように腰を浮かせた。
「す、みれ、さま……もっと奥、ください」
「欲しいですか?」
焦らすように言われ、俺は何度も強く頷いた。きゅうっと入り口部分で菫様の指を締め付けているのが分かる。もう指では足りなくなっていた。
「そろそろ挿れてみましょうか」
流石に「何を」なのかは言われなくても分かる。菫様は優雅に着物を開けた。下帯は付けていないらしい。すぐに菫様の勃ち上がった陰茎が露わになる。俺は思わず足を閉じた。
「怖いか? 俺が抱きしめてやろうか?」
ほら、と向日葵様が近付いて両手を広げる。俺は身体の向きを変えて向日葵様に正面からしがみついた。
「大丈夫、大丈夫」
向日葵様が俺の背中を優しく叩く。その間も後孔への刺激が続いている。前も同時に擦られ、俺は初めて達した。
「慶太……」
耳元で菫様の声がする。どくんっ、と心臓が高鳴った。
「あ……あぁ、ッ」
指ではないものが中を無理矢理押し広げて入ってくる。苦しくて頭が真っ白になったが、すぐに何が起きたのか理解した。
「あっ、菫様……すみれ、さま」
「もう少しですから我慢してください」
「ふ……ッう、あぁ」
「力を抜いて、俺を受け入れてください」
菫様の声が砂糖か水飴のように甘い。頭がぼうっとしてくる。けれど下からの刺激がそれを許さない。
「向日葵、手を離してください」
「もう平気か?」
「慶太の顔を見れば分かるでしょう?」
「んー? 良い顔してんな」
向日葵様はだらしなくなっているだろう俺の顔を見て笑った。今は恥ずかしいと思う余裕すらない。
「このままぱくっと菫に食われちまうな」
「あ、あぁッ……んあ」
熱い。大きい。菫様のが俺の中に入ってる。俺、このまま食われる? それでもいい。もっとされたい。菫様の顔を見たくて振り返ると、菫様は普段と変わらず優しく笑っていた。
「菫様、もっとして、ください」
「あんまり無理すると痛いですよ」
「あッ、や……ああん、ッ」
ぐりぐりと奥を擦られる。それが次第に強くなり、抜き挿しされるようになり、やがて激しく打ちつけられた。
「ひっ、うぅ……あ、あぁッ、あんっ」
菫様の俺を抑える力はそんなに強くない。むしろ弱い方に感じる。なのに俺は一切菫様の腕の中から逃げられない。訳が分からない程ぐちゃぐちゃにされているのに逃れたいと思えないのだ。中で一度達したのにまだ快楽は押し寄せてくる。このまま死んでしまうのではないかと思ったし、死んでもいいと思っている。
「あぁ、ふ……ッ、んあ、ああっ、あ」
「慶太、ッく……」
中で菫様のが小さく震え、一気に波が消えた。すぐに菫様が俺から離れる。
「お疲れ様でした」
「終わり……?」
「はい。終わりましたよ」
力が入らない俺の身体を向日葵様が拭いてくれる。本来ならば禿の俺の仕事である掃除までしてくださった。
「最初のうちは動くのも辛いでしょう。ゆっくり休んでください。また明日よろしくお願いします」
俺を大部屋に運んだ菫様はそう言って去っていった。余韻も特別感も何もない。俺にとって人生の一大行事と言っても過言ではないというのに、彼にとって情事など日常の一部しかないようだ。そしてそれがもうすぐ俺にとっても当たり前になるということを思い知った。
「うん、似合ってる似合ってる。あ、ちょっと目元に紅いれてみるか? 新人なら俺らよりも見物人を惹き付けねえと客取れないからな。この俺が霞むぐらい目立った方がいい。まあそこまではさせねえけどな。うーん……これくらいか? ちょっと薄い? いやでも近くで見て幻滅させるのは良くないからなあ。撫子、どう思う?」
「あ? うわ、お前下手くそだな。せめて左右対称に描いてやれよ。ほらこっち向け」
「ぅわ」
俺の顔を見て撫子様が向日葵様から筆を奪い取り、俺の化粧を落としていく。女装するつもりは無いけど少しくらいなら良いだろう。撫子様のお陰で男の顔を保ちながら遠目から見てもそこそこ目立つ見た目になったらしい。だけど今隣にいるのが上級である華乱一の色男と、華乱唯一の女装家という華乱で最も派手な二人だ。俺は霞んで見える。
「ほら似合ってるんだから自信持てって。背中丸めんなよ」
「時間だ。行くぞ」
俺は撫子様の後ろをついて歩く。背中の方から「頑張れよ」と言う向日葵様の声が聞こえるが、答える余裕は無い。一歩歩く度に心臓を吐き出しそうになるのを堪え、格子の掛かった部屋まで向かった。
「皆様、ご準備は宜しいですか?」
「うん」
「ああ」
「いつでも良いぜ」
下働きである月下さんの問いかけに皆が口々に返事をする。それぞれ綺麗に着飾って自信に満ちた表情をしていた。
「葵さんも大丈夫ですか? …………葵さん?」
「おーい、葵、聞いてるか?」
月下さんと菖蒲の声で一斉に全員の注目が俺に向く。そこでやっと自分が呼ばれている事に気が付いた。
「さては自分の名前忘れてたろ。呼ばれ慣れてないから仕方ねえけどな」
「もう『慶太』とは呼ばないからね。君はボクらの一員、葵だよ」
「は、はい! すみません」
菖蒲と昼顔様に突かれ、他の先輩方が笑う。新規の客を取り合うと聞いていたからもっとぴりぴりしているかと思っていたが、案外和やかな雰囲気に少しほっとした。
「では開店します。どうぞお部屋へお入りくださいませ」
外の客寄せの開店を知らせる声と共に月下さんが部屋の戸を開けた。格子の前に次々と人が寄ってくる。決まった位置が無いので適当に空いているところに座って指名されるのを待つことにした。
「胡蝶蘭さん、ご指名でございます」
「はいよ」
「菖蒲さま、お客様がいらっしゃいました」
「チッ」
「夕顔さま、ご指名入りました」
「はーい」
まだ開店して間もないのに、次々と部屋から人が居なくなる。そして夜が更けていき、部屋から花魁が居なくなれば見物人も少なくなる。俺は最初に指名された胡蝶蘭様が戻ってきてもまだ部屋に残っていた。
(指名されない、どうしよう、一晩中ここにいるのは嫌だ……)
端から花魁を買う気のない見物人からの興味さえも薄れてきているのが分かる。自分以外の方向を見ている見物人を見たくなくて着物を握りしめた両手に視線を落とした。
「葵」
いつの間にか戻ってきていた菖蒲が俺を見下ろしていた。
「久弥さんが呼んでる。行くぞ」
「えっ、待って」
俺は菖蒲に腕を引かれ、部屋を出た。廊下には不機嫌そうな久弥さんが立っている。俺を連れてくるという役目を終えた菖蒲はそそくさと立ち去った。
「葵、私の教えた事を全部忘れたのか? もし名前と一緒に禿部屋に置いてきたのなら取ってきなさい」
「え、あの、置いてきてない……と思います。多分……」
俺の返事に久弥さんの眉がさらにつり上がった。
「じゃあ何故お前はあんなにみっともない姿を見物人達に晒していた? お前が今どうしているかと思って外から様子を見てみたらあまりにも酷くて私は唖然としたよ」
「すみません」
「あんなに背中を丸めて俯いて自信なさげにしょぼくれて悲壮感漂う花魁を誰が買いたいと思う? 私は今までに何度背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向けと言った?」
「ごめんなさい、でも」
「でもじゃない」
冷たい声で久弥さんが言った。俺の視線ははますます下がる。何もかも完璧で誰よりも稼いだこの人に俺の気持ちなんて分からないだろう。初めて見世に出るだけでも不安なのに、一人であの広い部屋で売れ残りとして人目に晒されるなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
「全く買い手が無いのはこちらとしても困るから最低限菖蒲や胡蝶蘭くらい稼げるようにはして差し上げます。ですが今のお前に上級花魁を目指す資格は無い」
俺は憎しみと妬みを込めて久弥さんを見上げた。悔しくて悲しくて今にも泣きそうだ。
「その目は何に対しての反抗です?」
「だってまだ初日なんですよ! 全然聞いた話とか想像とは違うし、もう見物人にも知られていて馴染みの客がいる皆さんよりも俺が売れないのなんて最初から分かりきってるじゃないですか! 次々と人が居なくなって一人で待ち続けてる気持ちなんて貴方には分からないでしょ?」
俺は一息でそう言った。部屋に響くとか涙で化粧が落ちるとか、そんな事はどうでもいい。大声を出したら少しだけすっきりした。久弥さんが口の端を上げて笑う。
「何ですか?」
「下を向いた者は決まって皆同じ事を言う。初日だから、まだ新人だから仕方ない。平凡顔だから仕方ない。それを指摘した私に向かって最後の決まり文句は『完璧な紫陽花には分からない』だ」
「っ……」
「それで、どこで何が売れ残っているって?」
「何度も言わせないでくださいよ」
苛々した気持ちを隠せずに言った。もう久弥さんの顔を見れば殴りそうだから見ない。こういう態度が悪いのだと頭では理解していても改める気になれなかった。
「お前の営業は今日は終わりにしましょう。着替えて私に着いてきなさい。いいね?」
「……はい」
俺は久弥さんに命じられ、化粧を落として動きやすい服装に着替えた。そして久弥さんに連れられて遊郭を出る。裏口から表へと回ると、格子が掛かった部屋が見えた。夕方ほどでは無いけれど花魁を見ようと見物人が格子の周りを取り囲んでいる。
「まだ混んでいるが部屋の中は見えるか?」
「はい」
上手側の上級花魁の部屋では向日葵様が見物人に手を振っていた。手を振られた見物人達は歓声を上げたり頬を緩ませたりして幸せそうだ。先程まで俺がいた方の部屋では椿様が一人で静かに座っている。きょろきょろと見回したりせず、真っ直ぐ正面を見ていた。椿様は何もしていないのに、その姿に思わず見惚れてしまった。
暫くしてから昼顔様が入ってきて椿様の隣に座る。そして椿様に何か話し掛けはじめた。何を話しているのかは分からないが、昼顔様は子供っぽく笑い、椿様もつられて笑顔を見せた。その様子を見て見物人が一人、決心したように客寄せに声を掛け、華乱の玄関へと消えていく。多分、二人のうちのどちらかが呼ばれるだろう。
指名されたのは昼顔様の方だったらしい。椿様はまた広い部屋一人になった。だけど椿様に寂しい雰囲気は無い。勿論既に一人、馴染みの客から指名を受けていたからというのもあるだろうけれども。その後も部屋の花魁が数人入れ替わって、椿様が長くそこに居るのを見ても『残っている』とは言えなかった。
「花魁は買わずとも、見るだけでも価値がある」
俺よりも少し後ろに立っていた久弥さんがそう言った。
「華乱では金を落と……いえ、私達に貢いでくださる方々と区別する為に敢えて彼らを『見物人』と呼んでいるが、彼らも華乱の花魁を求める客。だから彼らに対してもきちんと売りなさい。それに新規の客はあの場でしか得る事ができないのだから、自分を売り込みなさい。但し、安売りするような真似はしないように」
「はい。分かりました」
「何もせずただ見られ続けるのも仕事のうち。頭に叩き込んでおきなさい」
俺は久弥さんを見上げて目を合わせ、姿勢を正してから「はい」と返事をした。
翌日――俺は着物を着て、昨日と同じように目元にだけ紅を入れて格子付きの部屋の前に並んだ。まだ準備ができていない撫子様を待っていると、「葵」と名前を呼ばれた。
「枯れるなよ」
「はい?」
「お前は華乱の華。誰にも見向きもされなくても、何があっても枯れないこと。季節も環境も問わず、その場で咲き続けなさい」
「はい!」
「撫子さんも来ました。全員お揃いですね? それでは、開店致します」
客寄せの開店の合図に合わせて戸が開く。俺は昨日よりも前に座り、しっかりと背筋を伸ばして見物人を見た。
また今日も華やかな部屋が広く静かになっていく。不安と焦りはあるが、それでも昨日のように俯いたりはしなかった。
「葵さん、ご指名です。お部屋へご案内します」
「えっ、本当ですか?」
俺は急いで立ち上がった。近くにいた胡蝶蘭様に声を掛けられる。
「おい、声上擦ってんぞ。あと焦りすぎだ。ちゃんと優雅に部屋を出ろ」
「はい、すみません」
「初仕事、頑張れよ?」
ぽん、と腰を軽く叩かれる。
「い、いいい行ってきますっ」
「くっくっく……行ってらっしゃい」
「では、ご案内します」
俺の初仕事は滞りなく……とは言えないが、まあまあ良い反応を頂く事はできた。初めて金の入った袋を手にした時、じんわりと胸が熱くなった。初めは姉ちゃんを買い戻す条件に華乱に来たけれど、俺は今とても幸せだ。今までの指導は厳しくて辛かったし、多分また明日も指名がもらえないかもしれないと不安になると思う。でもこの仕事を続けようと思った。続けて、沢山俺の事を見てもらって買ってもらって、いつか向日葵様の後を継いで上級花魁になりたい。いや、絶対に上級花魁になる。そして年季が明けたら……
――姉ちゃん、ただいま。
――おかえりなさい、慶太。
柊さんとの約束を果たしたらまた会えるから。それまで、俺は此処で咲き続ける。
そこの旦那、見ていくかい? この見世には綺麗な華が咲いているよ
ああ、この間も来てくれたね
そうかい、旦那は随分お目が高い
そうさ、此処はあの花もこの花もそれぞれ良いのさ
おっとそろそろ閉店か
また明日、お待ちしているよ
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日が沈む頃、この見世は賑わう
幸せを求めて華を売る
花魁は言う。「醒めない夢、ここは楽園(天国)」と――
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