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第4話

 六年前。 「おい、足ちゃんと押さえてろよ」 「わかってるって」 「スゲー肌白い。桜峰、地味なくせに妙にエロいんだよな」  口々に好き勝手なことを言う同級生たちは、軽い口調のわりに目が本気だ。  放課後。  湊は特に親しくしていた覚えもないクラスメイト三人に引き止められて、それほど話の合うメンバーでもなかったのだが、話を振られているのにすげなく帰るのも気が引けて、つい長時間付き合ってしまった。 「そういや、C組の成瀬と神崎、あいつら付き合ってるらしいぜ」 「は?二人とも野郎だろ。共学でなんでそんな非生産的なことしたがるんだよ」 「そりゃお前時代錯誤な考え方じゃね?男も結構いいらしいってなんかで読んだけど」  母は二度結婚に失敗していて、その姿を見て育った湊には恋愛にあまりいい印象がない。  初恋もまだだったためあまり興味のない話題で、「そうなんだ」と軽く相槌を打つに留めていたのだが。 「試してみたくねえ?」 「あー……まあ、相手によっては」 「まさか、やっちゃいます?」  突然空気が変わった気がして、息を呑んだ。  何故か湊は昔から男性に性的な目を向けられることが多く、電車に乗ると痴漢に遭うこともあった。だから高校は徒歩圏内の場所を選んだ。  母親の二度目の離婚も、湊が義父に襲われかけたからだった。  自分より体の大きい相手に力づくで暴行されることは、本当に恐ろしい。  六本の腕が伸びてくる。  彼らに最初からそんなつもりがあったのかどうかわからない。  ただの好奇心で、それほど悪いことをしているつもりもなかったのかもしれない。  拘束され、服を脱がされ、抵抗もできずに体を弄られる恐怖を思い出し、湊は大した抵抗もできずに固まってしまった。 「(怖い……!だれか、たすけ……)」 「おい、手前ェら何やってる」  バン、と音を立てて開いた戸口に立つ、長身の影。  同学年にしては大人びた表情、そしてやけにドスのきいた声。  『家がヤクザで本人もヤバい奴』という噂のある、クラスメイトの松平竜次郎だった。  湊を囲んでいた三人は、明らかに狼狽える。 「まっ…松平…」 「その…こいつが誘って来て」 「合意の上にゃ見えねえが」 「お、お前も混ざるか?なんなら」 「失せろ」 「っ………」  転びそうな勢いで慌てて教室を出て行くクラスメイトを見遣り、不機嫌そうに鼻を鳴らす姿を、制服を脱がされかけた姿のままぼんやりと見上げる。  助けてもらえた?  恐怖に強張ってしまった体は容易に動かず、礼を言うこともどうしてと聞くこともできない。  震えていて何も言えない湊が、自分をも怖がっていると思ったのだろうか。彼は何も言わずに椅子に突っかかったままだった制服の上着を手にすると教室を出て行った。  有名なので、クラスの違う一年の時から彼のことは知っていたが、同じクラスになっても今まで会話をしたことはなかった。  それは別に噂や人柄を怖いと思っていたからではなく、格別な興味も用事もなかったからだ。  彼はきっと助ける気なんかなくて、制服を取りに来ただけだったんだろう。 「(でも……嬉しかった……)」  面倒だと思えば、制服なんて取りに入ってこなくてもよかったはずだし、何も言わずに取るものだけ取って出て行くことだってできたはずなのに。  乱れた衣服を直しながら、鼓動が小さく、恐怖によるものとは違う音をたてたのを聞いた気がした。

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