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第6話
卒業式の日。
卒業祝いをやろうと食べ物を買い込んで、いつも人のいない湊の家に竜次郎を連れて帰宅した。
お祝いといっても何をするでもない、湊の部屋でこれまでと同じように適当に食べて、飲んで、今日の卒業式は来賓の話が長すぎだとか、買ってきた菓子パンのクリームが多すぎるとか、他愛のない話をする。
こんな風に過ごせる時間は、あとどれくらいだろう。
早く独り立ちしたくて就職を選んだため、湊はすぐ社会人になる。竜次郎も大学には行かず、家業の方を……つまり盃をもらうのだと言っていた。
お互い違う世界に生きることになるのだと思うと、一抹の不安が過る。
「これからは毎日竜次郎に会うことはできなくなるんだよね。…なんか、ちょっと想像できないけど…」
ペットボトルを手でもてあそびながらぽつりと弱音が漏らすと、唐揚げを食いちぎった竜次郎は片眉を上げた。
「別に、会いたきゃ会えばいいじゃねえか。この街から出て行くつもりじゃねえんだろ」
「…ありがとう。でも、俺もいつまでも竜次郎に甘えてばかりもいられないし。一人でも大丈夫なように頑張ってみるね」
湊はずっと、一人で寂しかった。
なのに自分が寂しかったのだということに気付けていなかった。
母親は、湊が再婚相手に襲われた一件以来ほとんど家に寄り付かなくなってしまっていたし、そういうことが重なって男性不信になっていた部分もあると思う。女の子と話をするのは嫌いではないが、小さい頃ならいざ知らず、特定の人と親しくしていると相手も周りも恋愛を意識するようになる。湊はどうしてもそういう方向で人間関係を捉えることができないので、次第に親しい人を作るのは諦めてしまっていた。
でも、こんな風に自らが望み、相手もまたそれに応えてくれるような関係もあるのだと。
教えてくれたのは、竜次郎だ。
自然と笑みが浮かぶ。
「竜次郎がいてくれたから、俺、本当に学校楽しかった。これからも」
一緒に、と、言いかけた顔に影が差した。
近い、と思った時には、唇に柔らかいものが触れて。
何?と思う間もなく、それはすぐに離れる。
……キス?
「…え、と」
買ってきた飲み物にアルコールは入っていただろうか。
竜次郎の家では平気で勧められるそうだが、『俺はともかく、お前の体に害があったらよくねえだろ』と、湊の前で彼が飲酒や喫煙をするところを見たことはなかった。
思いの外近くにいた竜次郎を不思議な気持ちでそっと見つめ返すと、彼は「くそ」と短く毒づく。
「悪い。……忘れてくれ」
立ち上がり、行ってしまいそうな気配を感じて慌てて裾を掴むと、肩に突っかけただけだった制服はそのまま湊の方に落ちてきた。つい人質のようにそれを抱えて問い返す。
「ど、どうして?」
「どうして、って……お前が欲しいのは、こういうのじゃないんだろ」
「わからない、けど……、竜次郎は、俺のこと、そういう……?」
「……これじゃ、あいつらと変わんねえ。俺は別にお前をオンナ扱いしたいわけじゃなくて、ただ……」
苦悩の表情。
非力な存在を蹂躙する暗い欲望も、無邪気で残酷な好奇心も、そこにはない。
「同じじゃ、ないと思う……。嫌じゃ、なかったし」
指先でそっと、唇の触れたところをなぞる。
気持ちが悪いとか、怖いとかは一切感じなかった。
「……お前な。そういうのは、あんまり言わねえ方がいいぞ。お前の仕事中は俺もいてやれねえからもっと自衛を」
「違うよ!本当にそう思ったから……。ねえ、竜次郎は、俺とその……キス、とか、したいの?」
「…………悪い。けど、お前はダチとして信頼できる奴だから、……今までみたいに付き合っていきたいってのもある」
その言葉に、ストンと腑に落ちるものがある。
それが大切さの延長線上にある想いだというのなら。
「俺、いいよ?本当に嫌じゃなかったし……。俺も、竜次郎のしたいこと、して欲しい…」
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