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第23話
衝動的に電車に乗り込み、五年前に逃げ出して以来一度も戻らなかった場所へとやって来てしまった。
実家がどうなっているかが少し気になったものの、今は過去を懐かしみにきたわけではない。
中に入ったことはなかったが、竜次郎の家……松平組がどこにあるかは知っている。辺りはもう暗く、急ぐ必要もないのに早足に知った道を行く。
だが。目的地が見えてくると、湊は己の浅はかさを罵りたくなった。
普通の家より高い塀に囲まれた広い敷地。物騒な家業故、安全のためなのだろう。外からは全く屋敷が見えない。
周囲を少し歩いてみるが、全く隙がないということだけはよくわかり、項垂れる。
「(何やってんだろ、俺……)」
会ってはいけないのに。こんなところまでやってきて。
それでも、無事が確認したかった。祖父や組員と一緒にいて幸せそうなら、きっとそれで竜次郎に自分は必要ないと思えると―――――。
しかし、何の策もなくやって来て、遠くから一目見たいなどと、甘い考えだったと思い知らされた。
そもそも、松平組の資金源についてはよく知らないが、極道といえば昼よりも夜に出かけていくことが多いのではないだろうか。夕飯時だからと行って家で団欒の時間を過ごしているとは思えない。
結局見咎められることを恐れて、何の収穫もなくトボトボとその場から離れた。
トンボ返りをするのも気が進まず、近くの商店街の方へと向かう。
シャッター街ほどではないが、賑わっているともいえない街並みはあまり変わっていない。工場街が遠くないこともあって安さを売りにした飲み屋が多く、柄の悪い酔っ払いと何度も擦れ違うのが少しだけ怖かった。
一旦座って落ち着こうと、チェーンのコーヒーショップかファストフードの店でもないかと探したが、生憎ここに参入しようという大手企業はこの五年の間に現れなかったようだ。
個人経営の喫茶店などは地元ということもあって入りにくい。仕方がないので、近くの公園にベンチを求めて歩き出す。
その時、湊から少し遠い場所に止まった車がいかにもな黒塗りで、反射的に足を止めてふっと視線を向けた。
助手席から降り立ったスーツの男によって恭しく開かれた後部座席から姿を見せたのは、タイミングがいいのか悪いのか、竜次郎の祖父だ。
思わず死角になりそうな建物の間に身を隠す。
裏社会の匂いのする男達は数少ない通行人が何となく遠巻きにしていく中、商店街の方へと歩いていく。
気づかれなかったことにホッとしていると、近くで動いた人影の物騒な気配に覚えがあって、注視した。
闇に紛れるような黒い装い。誰かを傷つけることを厭わぬ荒々しさ。つい先ほど感じたばかりの暴力の気配だ。その右手はジャケットの懐の中で何かを握っていて、擦れ違いざまにギラリと不吉な光を放った。
その男が走り出したのを、反射的に追いかける。
どうにかできるなどと思ったわけではなく、誰かが命を奪われるかもしれない予感に、足が勝手に動いてしまったのだ。
湊は、足は早い方だ。突然走り出した男に周りの人々が驚き、その凶刃が抜かれた時には後ろまで迫り、腕に飛びついた。
もつれあって転がり揉み合っていると、脇腹に熱と衝撃を感じて、一瞬そちらに意識を向けた隙にマウントポジションをとられて息をのむ。
至近の男の罵声。どこかから悲鳴が聞こえる。
駄目だと思っても慣れぬ暴力に硬直した体は、振りかぶられたナイフに思わず目を瞑ることしかできず。
「っ………?」
しかし、覚悟した瞬間は訪れなかった。
突然、体重をかけて押さえ込まれていた体が、自由になる。恐る恐る目を開けると、「大丈夫ですか?」と強面の男が湊を助け起こし、傍らでは暴漢がもう一人の黒スーツに取り押さえられていた。
「お前さんは………」
強面の男の背後では竜次郎の祖父が驚愕に開いた瞳でこちらを見ていて、約束を破ってしまったと青くなる。
「ご、ごめんなさい、俺……いっ」
逃げ出そうとして、脇腹に走った痛みに呻いた。
手を当てると濡れた感触があり、恐々見下ろせば、服が赤く染まっていて血の気が下がる。
「おい、北条先生に連絡しろ。車まで、運んでやれ」
『SHAKE THE FAKE』での一件から非日常の連続で飽和状態になってしまったのか、竜次郎の祖父が指示を飛ばす声を聞きながら、切られるってこういう感じなんだ。思ったより痛くないな。などと、何処か遠く他人事のように考えていた。
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