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第26話

「…………………………」  それなりの覚悟をして告白をしたのに、何故か竜次郎は固まってしまった。 「竜次郎……あの……、ダメだった……?」  生まれた静寂に不安になって問いかけると、はっとして首を振る。 「なわけねえだろ。ただ…………」 「ただ?」  竜次郎はがりがりと頭を掻いて口の中で何か呟いたかと思うと、身を乗り出してきた。  そっと唇が重なる。  柔らかく触れたそれは、軽く啄むとすぐに離れていった。 「…りゅう、じろう?」  離れた熱が寂しくて追いかけるようにして見上げると、至近の男はぐっと眉を寄せる。 「くそ、お前がもう少し回復してからこういう話をすりゃよかった」 「どうして…?」 「想いが通じ合ったらやることは一つだろ」 「えと…、オセロとかかな?」 「どこの出身星だお前は。わかってて言ってんだろ」  変わらぬ想いを向けてもらえている、と思うと嬉しくて、笑顔がこぼれる。  こんな風な軽いやり取りも、一生戻らないと思っていた時間だ。 「ごめん。でも俺、平気だよ。ここではさすがにまずいと思うけど」 「お前な……あんまり俺の理性を試すようなことは言うなよ」 「んっ………」  後頭部を引き寄せられて、咬みつくように再び唇を奪われた。  少し強引な動作も、竜次郎ならば全然怖くない。勢いのわりに優しく触れる手や舌が怪我を気遣ってくれているのがわかるからだ。  熱っぽく口内を弄られて、ぞくぞくと這い上がってくる快感に思わずワイシャツにすがり付いた。 「……湊」  欲望をにじませた掠れ声に知らず息が上がって―――――    唐突なノックの音で我に返る。  慌てて引き剥がして返事をすると。 「おはよう湊。具合はどう?」    入ってきたのは『SILENT BLUE』のオーナー、神導月華だった。 「オーナー…!どうして」  昨晩は色々なことがありすぎて、店の方に自分の状況を連絡することはできなかったのに。  驚きに目を見開く湊を見て、オーナーはにっこりと綺麗に微笑んだ。 「昨夜湊が電話に出なかったから心配になってスマホの位置調べたらここだったから。渡紀宗センセーには僕も昔からお世話になってるんだ。電話したらいるっていうからさ」  人脈やいちスタッフである湊への気遣いに感動していると、押しやられた竜次郎が唸った。 「神導、お前このタイミング…」 「あれ?なんか不味かった?まさか怪我人相手に激しい運動をさせたりはしてないだろうと思ったんだけど?」 「っ…………、にしてもまだ六時だぞ。面会にゃ早いんじゃねーか」 「だって渡紀宗センセーが朝御飯はサービスしないっていうから連れて帰らないとなーって。それに僕もさっさと帰って寝たかったからね」  どうやら、今仕事が終わったところのようだ。どんなことをしていたのかはわからないが、その美貌には疲労による陰りは見えない。 「なら無駄足だったな。こいつはうちで預かることになってんだ」  何故か勝ち誇る竜次郎にオーナーは白い目を向けたが、黙殺して湊の方へと向き直る。 「…湊はそれでいいの?」  本音以外は許さないという、心の奥深くを探るような視線だ。  それがこの人の、自分の店とそのスタッフに対する愛情だとわかっているから、しっかりと受け止める。 「…俺…もう少し竜次郎と話がしたくて…。でも、お店の方は」 「コンディションの悪いスタッフをフロアに出したりしないよ。湊がそうしたければ僕はそれで構わないから」  ほっとしたような声音だった。  あれからずっと、心配をしてくれていたのかもしれない。  やはり竜次郎の言うような悪い人には思えない。 「じゃあ、ホテルの荷物は松平組に運ばせておくね。また何か必要なものがあったら言って」 「すみません…お手数をお掛けしてしまって…。特に中身は出してな……あっ」  相棒がベッドに鎮座ましましているであろうことを思い出した。  松平家に運んでもらうのは気まずいが、それぞれ別の場所に…というのも手間を掛けさせるしどうしたものか。  その逡巡にキラリと目を光らせたオーナーが、ニヤリと悪い顔になった。 「何?なんか見られるとまずいものを放置してきた?使い終わったゴムとか」 「ええっ」 「ご主人様からもらった大事な貞操帯とか?」 「えええっ!?」  思いもよらない切り返しに、驚いたのは湊だけではなかった。 「おい、あのクラブやっぱりそういういかがわしい場所だったのか!湊、お前……」 「ち、違っ……、オーナー!話をややこしくしないでください…!」 「あっはっは!楽しい〜」 「神導!」  竜次郎の反応が面白いらしく、完全に遊んでいる。  そこに北条がやってきて、湊が元気なのを見てか雑に傷口の確認をすると「帰ってよし」との診断を下した。

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