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第27話
『渡紀宗センセー、湊に振られたから慰めてよ』
『お前さんにゃヨッシーがいるだろ』
『いないよ!?会長のことなんか思い出しただけで慰められるどころ血液がドロドロになるよ!』
などと言い合いながら、北条とオーナーは部屋を後にした。二人は本当に親しいようだ。
閉まったドアを見つめたまま「神導が……の愛人てのはマジな話なのか……?」と何やら考え込んでいる竜次郎を横目に、着ていた服は血で汚れてしまったためオーナーが持ってきてくれたものへと着替えた。
鈍い痛みはあるが、ゆっくりとであれば日常的な動きに支障はなさそうでほっとする。
借りていた寝間着をたたんでいると、竜次郎が振り返った。
「ん、なんだお前、もう着替えちまったのか」
「うん、北条先生も早く出ていってほしいって感じだったし……」
行かないと、と唯一持ってきていた財布とスマートフォンを手に取ろうとして、竜次郎の都合を聞いてなかったことを思い出した。
「あの……、俺勝手にさっさと着替えちゃったけど、竜次郎の都合に合わせるからね」
「俺は自分の家に帰るのに、ちょっと大きめの荷物が一つ増えたくらいの感覚だ。余計な遠慮はするな」
言いながらドアに手をかけ、開けると外に向かって呼び掛けた。
「おいヒロ」
「はい!お帰りですか?兄貴」
「おう、マサに車回すように言って……」
どうやら廊下に控えていたらしいスカジャンの青年がひょこっと顔を出す。
恐らく湊よりも年が下だろう。背丈はそう変わらないが、表情が随分とあどけなく見える。
その幼さの残るらんらんとした瞳が何故か湊を凝視していて、怯んで一歩下がった。
「お前何ガン見してんだ。こいつが怖がってんだろ」
「兄貴…こいつ…いやこの方は誰なんですか」
竜次郎は「あー…」と頭を掻いた。
「俺の……女だ」
「女!?」
ドン!という擬音が見えそうなほどの驚き方だ。
湊も少し驚いた。そんなことをあけすけに言ってしまっていいのだろうか。
「いいか、馬鹿とか阿呆とか何かの菌が伝染るといけねえから、こいつが倒れたとか、狙われてるとかいうとき以外は指一本触れるんじゃねえぞ」
「そんな竜次郎、菌って……」
自分はそんなに繊細な存在でもないし、いくら何でも言い過ぎだと思わず口を挟んだが。
「わかりました!キャバクラのねーちゃんより肌とか髪とか綺麗だし、俺らと違うイキモノなのはわかるんで、気を付けます!」
ヒロと呼ばれた青年は気分を害した様子もなく、力の入った礼をして、マサ兄に連絡してきます!と慌ただしく病室を出ていった。
今のやり取りを聞いていたら何となく不安になってきて、つんと竜次郎の裾を引いた。
「竜次郎、俺、本当に一緒に行っても平気?」
「何だ?親父のことなら自分でああ言ってたんだから気にすることねえだろ」
昨晩はともかくとして。以前、竜次郎の祖父はこう言っていた。
『極道が堅気の男にうつつを抜かしてるなんて示しがつかねえ』
彼は別に湊のことが個人的に嫌いだから遠ざけたかったわけではなく、竜次郎が極道として生きていく上で同性愛者であるという事実もしくは噂があることが枷になるのだとそう言っていたのだろう。湊には極道の世界のことはよくわからないが、竜次郎のためにならないことはしたくないと思う。
たどたどしくそれを伝えたが、竜次郎は歯牙にもかけなかった。
「そんなことで見切られるような男ならそれだけってことだろ。お前は親父を身を呈して庇ってんだ。十分姐さんの資格があると思うぜ」
…自分は姐さんという立場なのか。
語感からのイメージと何一つマッチしていない気がする。
それでいいのだろうかという逡巡を竜次郎は不満と受け取ったのか。
「……お前は誰かのために体張れる『男』だ。オンナ扱いはしたくねえが、俺の女だっつっとけばあいつらは気軽に手を出したりできなくなる。抵抗あるかもしれねえが、納得してくれ」
フォローに首を振る。先ほど言い淀んでいた理由が分かったが、自分はどんな風に思われていても気にならない。
「ありがとう。俺、別に気にしないよ。竜次郎にとって悪いことじゃなければそれでいいと思うし」
気にしていないことを伝えたくて笑顔を作ると、竜次郎は眩し気に目を細めた。
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