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第29話

 自室にある時は見慣れているからそれほどまでに気にならないが、六畳間の真ん中を陣取る巨大なウサギは大分威圧感がある。 「ウサ…?」  説明しろという突き刺さる視線を受けて、重い口を開く。 「えっと…オーナーにもらったぬいぐるみで…」 「神導に?」  竜次郎はものすごく嫌そうな顔になった。 「………………………………捨てるか」  今にも捨てに行きそうな気配に慌ててシャツを引っ張る。 「だ、ダメだよ!大事な相棒だから!」 「何だと!?湊、お前俺というものがありながら…」 「ええっ!?いやいや、そこは全然かぶらない需要だし…その対抗心は必要ないっていうか、寂しい夜に頼れる相棒なのは確かだけど竜次郎に見立ててすがりついたりはしてないし」 「寂しい夜に……?」 「そこは言葉通りの意味だよ?人妻が夫の出張中にもてあましてる感じのあれじゃないよ?」  なんだろうこの会話。自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきた。  いつか来るこの日のためにオーナーが周到に仕組んだ罠ではないと思いたい。  湊の必死な気持ちが伝わったのかどうか、竜次郎はため息をついて力を抜いた。 「…仕方がねえな…。なんかこいつお前の同類っぽいツラしてやがるし、まとめて面倒見てやるか…」 「あ、ありがとう、竜次郎」  よくわからないが、湊に似ているという理由で受け入れてもらえることになった。…似ているだろうか? 「帰るときに持って帰るから、少しの間いさせてあげてね」 「は?」 「え?」  問い返されて、何だろうと聞き返した。畳の上に胡坐をかいた竜次郎も何を言われたのかわからないという顔をしている。 「帰る?」 「うん…、二日くらいしたらもう仕事に復帰していいって北条先生は言ってたし」  肉体労働でもないし、拘束時間もそう長くはないから多少気を付ければ負担もないだろう。 「……仕事って……続けるつもりなのか」 「えっ……、うん。突然やめたりはできないよ」  まあ、そう言われてみれば恋人?として歓迎できる仕事ではないかもしれない。 「『SILENT BLUE』は本当に変なお店じゃないんだよ。来る人も、キャストに会いに来るっていうよりは、少し非日常的な空間で、普段周りにいる人に言えないことを吐き出しにくるだけ。体触るオプションとかもないし、オーナーも店長も変な人の入店は絶対に許さないし」  嫌な思いをしたことは一度もないと言っていい。お客様は、エピキュリアンを自称するオーナーの選ぶ人間だけあって、人生を楽しむということをよく知っている人たちだ。当然話題も知識も豊富で、話をしていると勉強になることが多い。  だが、そんなフォローも目の前の男には響かなかったらしい。 「面白くねえな」 「あの…ごめ」  唸った竜次郎に、怒らないで欲しいと謝りかけたところでふわりと体が浮いて、再び布団の上に逆戻りした。  傷の負担にならない程度にのしかかられて、驚いていたのにその重さに安心してしまう。 「ここに住んじまえ」  至近の唇がそう唆す。 「………竜次郎が望んでくれるなら、そのうち……」  逃げるのをやめても距離感に関してはまだ不安だ。  側にいるとどうしても甘えてしまう。ずっと一緒にいて欲しいと、わがままを言って困らせてしまいそうで怖い。 「何のために我慢してんのかわかんねえじゃねえか。今すぐ襲って帰れねえようにしちまうぞ」  脅しのような言葉だが、ちっとも怖くなかった。 「竜次郎がしたければ…それでもいいよ」  縛られることで得る安息というのもあるかもしれないと倒錯的な気持ちがよぎるが、きっと竜次郎はそんなことはしないということもわかっている。  ならばもう少しだけ時間が欲しい。  懐柔するように、そっと頬に手を当てて引き寄せ、湊からキスをした。

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