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第30話

 触れただけの唇が離れた瞬間、布団に縫い留めるように両手を掴まれた。 「お前、俺を舐めてるだろ」  ぐるる、という唸り声が聞こえてきそうな低い声で、犬歯を見せて竜次郎が凄む。  それに妙な悪戯心を刺激されて、「こういうこと?」と顔を持ち上げて顎をちろりと舐めた。 「っ……」  びく、と弾かれたように顔をあげたのが嫌だったからではないのは、密着した体が熱を上げたことから感じ取れる。 「ったく……俺の純情を弄びやがって」  悔しそうな呟きに少し困って微笑んだ。  侮っているわけではない。信頼しているのだ。  竜次郎が譲ってくれるとき、湊は勝っているのではなく勝たせてもらっているとちゃんとわかっている。 「優しい竜次郎……すき」 「泣いても知らねえからな」  へいき、と返せば何かを耐えるような悪態が聞こえた。 「あ、…っ」  シャツの中に潜り込んだ手が腹から胸を撫で、微かなひっかかりを育てるようにつまんだ。引っ張られたり捏ねられたりすると、痛みと紙一重の快感に息が乱れ腰が浮いてしまう。  首筋を舐められて身をすくめた時、はっとしてのしかかる体を押し返した。 「ん、りゅ、竜次郎、待っ、て……」 「待たねえ」  力ない手で押しても厚い胸はびくともしない。より執拗に舌を這わされ、湊は泣き声を上げた。 「や、違…、俺、大分長いことお風呂に入ってないのを思い出した…」  いつも出勤前にシャワーを浴びるのだが、先日は店に先に行こうとして八重崎との一件に巻き込まれたため、丸一日以上体を洗っていない。  仕事の後も風呂につかるので、ずっと家にいたならともかく、縛られたり揉み合って地面を転がったり色々あって代謝以上に薄汚れているのが大変気になる。 「別ににおわねえぞ」  「あ、や…そんなに、嗅がないで…」  耳の後ろに鼻面を突っ込まれて恥ずかしいやらくすぐったいやらで身を捩ると、あんまり動くなと注意が飛んだ。 「腹に力、入れるなよ」 「む、難しい、よ…!」  こういうことは二回目とはいえブランクがありすぎて初めてと変わらないようなものだ。そんなことが自在にできるはずもない。  怪我を気遣っているのだろう、胸と首ばかり責められて、直接的な快感に結びつかない刺激がもどかしくて苦しくなってくる。 「あ、あっ、…りゅう、…っや、も、そこばっかり、や……っ」  下着の中で反応してしまっているものを触って欲しくて、ぎゅっと腕に縋った。     揺らいだ視界にきつく眉を寄せた竜次郎が映る。  手を止められると触れられていない箇所が冷えていくような気がして切なくなって名前を呼んだ。 「りゅう、じろ……」 「っ……くそ、お前、その声は反則だろ……」  それ以上喋るなとでもいうように深く口付けられて喉の奥で呻く。  まるで媚薬のような唾液を流し込まれると、頭が快楽に霞んで何も考えられなくなってしまう。  傷のことも汚れていることも忘れて深く繋がりたくて。  銀糸を引いて唇が離れると、強請る言葉が口をついた。 「もっと……竜次郎のしたいこと、して……」

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