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第39話

 閉店の時間になるなり、望月の「お前は怪我人なんだからここは俺に任せて先に行け、あとから必ず追いつく!」という妙に不安を煽る言葉に送り出されて、他のスタッフよりも一足先に帰宅した。  八重崎の後は二人ほど常連客が来て、ほどほどに飲み、ほどほどに会話を楽しんで帰って行った。  きちんと仕事をこなせたことにホッとしつつ、ぬるめに張った湯につかりながら、八重崎との会話を反芻する。  飲み物が来るなり、八重崎はキラリと目を光らせて聞いてきた。 「その後の展開を聞きたい…。二日前早速友達に電話して話して聞かせたら、再会ネタに萌えすぎて駅の階段を転がったみたいで、聞こえてくる外のざわめきが必聴ものだった…」 「ええっ、お友達は大丈夫だったんですか!?」 「あれは鼻血を三リットルくらいふいても生きてる…頑丈…」  個性的な八重崎の友人もまた個性的なようだ。  しかしそう言われると…経緯を説明するのはいいが、具体的に言うのは少し恥ずかしい。 「話しにくいことは…妄想でもいい…。適当に捏造する…」  何の逡巡か察したらしい言葉に、彼からすればネタかと再び脱力して、湊は八重崎達と別れた後のことを話し始めた。  途中やけに詳しくその時の体勢はとか、撫でられてどう感じたかなどを突っ込んで聞かれてしどろもどろで答えた。  VIPルームで良かったと思う。フロアだったら、多少隣席との余裕のある作りになってはいるものの意識すれば話の内容は聞こえてしまう。 「ガチ五郎が……湊が刺されるところにいなかったのが減点……しかも松平金とのフラグが立った感ある……。親子丼…?でも親子丼は食べられる方を指す場合が多いから…………………」  そんなありがたすぎる講評を頂いた。 「いえ、まあ特にフラグとかはないと思いますけど……」 「もう一人くらい穴兄弟が増えると絵的に映えそう……」  一瞬日守を思い浮かべてしまい、八重崎に毒されてきていると慌てて危険思想を振り払った。  どれほど他人事に聞こえていようと自分のことなのだ。積極的に妄想してどうする。  満足したらしい八重崎は、松平組に関する情報だけど、とそれまでと変わらないトーンで話す。 「……現状は特に三日前と変わりない……。こっちで掴んでるあのあたりの危険度は、死人が出るほどのものではないということになってる……。何か、聞きたいこと、ある?話せないこともあるけど……」 「あの時……竜次郎のお祖父さんを襲った人と、八重崎さんを狙ってきた人達は同じ組織なんですか?」 「あれは基武が大体潰してきたから同じではない……。無関係でもないようだったけど、どっちにしろしばらくは悪いこともできないから……」  あの時の三浦を見れば彼らがどうなったかなど推して知るべしだが、組織ごととは……。  改めてオーナーの有する戦闘力を思い知った気分だった。  何かあったら連絡するし、いつでも連絡をくれて構わないと言って八重崎は帰って行った。  オーナーにとって松平組は今はそれなりに重要な存在なので死人が出るようなことにはならないだろう、と八重崎は言っていたが、それはきっと『何か起こる可能性はあるが死にはしない』程度の保障なのだろうと思うと、不安な気持ちが拭えない。 「竜次郎……大丈夫かな」  ゆらゆらと揺れる湯船には、不安そうな自分の顔が映っている。  電話……と思ったが、もうすぐ深夜一時を回るところだ。起きているかもしれないが、常識的に考えて「不安だったから」程度で電話をする時間ではない。 「うん………そう、寂しいとかは、……寝ちゃえば、いいわけだし」  ……寂しいとか。  自分の考えにハッとして頭を抱えた。  何で思い出してしまったのか自分。色々考えてたのは無意識下で電話する口実が欲しかっただけとかそんなことはきっとないはずだ。  ばしゃっと顔にすくったお湯をかけて気分を変える。  竜次郎はいなくても俺には相棒が……!とさっさと寝るべく入浴を切り上げた。

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